幻想神秘音楽館

プログレッシヴ&ユーロ・ロックという名の夢幻の迷宮世界へようこそ…。暫し時を忘れ現実世界から離れて幻想と抒情の響宴をお楽しみ下さい。

夢幻の楽師達 -Chapter 23-

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 2020年、新年明けましておめでとうございます !!

 Happy New Year in 2020 !!

 皆様新年明けましておめでとうございます、本年も引き続き宜しくお願い申し上げます。
 昨年の夏にFC2ブログへ移転してから早いもので半年近く経ちましたが、お蔭様でデータの移植が思っていた以上かなり至難である半面、セルフリメイク(復刻リニューアル)という目的に対し意欲は全く衰える事無く、以前に増して更に貪欲且つがむしゃらになっている新春の今日この頃です(苦笑)。
 東京五輪に脇目も振らず、今年の10月いっぱいまでには自身が概ね納得出来る様な…理想的ともいえる『幻想神秘音楽館』再興となれるよう奮起したい意向ですので、皆様どうか温かくも長い目で見守って頂きたく重ねて宜しくお願い申し上げます。

 さて…2020年、今年最初の「夢幻の楽師達」は新年第一発目という事を踏まえ、今回は21世紀の今日までに至るジャーマン・シンフォニックの源流にして、新世代ネオ・プログレッシヴへと繋がる礎を築き上げたと言っても過言では無い、プログレッシヴ・ファン待望の伝説的大御所にして現在もなお精力的な活動と共に生き続ける…まさしく巨匠の称号に相応しい“エニワンズ・ドーター”に今再び栄光のスポットライトを当ててみたいと思います。

ANYONE'S DAUGHTER
(GERMANY 1977~)
  
  Matthias Ulmer:Key,Vo
  Uwe Karpa:G
  Harald Bareth:Vo,B
  Kono Konopik:Ds,Per

 名実共に今世紀にまで繋がるジャーマン・シンフォニックの源流にして、その地位たるものを世界的レベルにまで向上させ多大なる尽力と貢献に努めたと言っても過言ではない、文字通り80年代プログレッシヴのパイオニア・立役者となったエニワンズ・ドーター。
 西ドイツ時代…70年代に勃発した俗に言う“ジャーマン・プログレッシヴ”。
 そのキーワードをお聞きになって真っ先に連想する事といえば、大概は難解、瞑想的、LSD系のドラッグ体験、電子音楽+サイケデリック、アシッドフォーク…等と、やや取っ付き難くて尖った硬派でお堅いイメージというのが大方の印象と見解であろう。
 無論、正統派のロックミュージックという視点で見渡せば、大御所のスコーピオンズを始め過去には(プログレ寄りという意見合いも含めて)ルシファーズ・フレンド、バース・コントロール、エロイ、ネクター、フランピー、フェイスフル・ブレス、オイレンシュピーゲル…等といったジャーマン・ハードロック系、果てはEL&Pに触発されたトリアンヴィラート、トリトナスも忘れてはなるまい。
 一方でヨーロッパ特有のロマンティシズムを湛えたシンフォニック・ロック系に及ぶと…グローブシュニット、ヘルダーリン、ヴァレンシュタイン、ノヴァリス、ウィンド、ペル・メル、ジョイ・アンリミテッド、エデン、ルソー、単発系ならアイヴォリー、ノイシュヴァンシュタイン、アメノフィス、ヴァニエトゥラ…等が顕著なところであろうか。
 まあ、ジャーマンとひと口に言ってもその範疇は多岐に亘り、そのスタイルは多種多彩にして百花繚乱…分かり易く言ってしまえば間口が広過ぎて好みの選択肢が豊富なものの、逆に考えればどっち付かずにも等しく数が多過ぎて収拾がつかないのもジャーマン・ロックならではと言えまいか(苦笑)。

 前置きが長くなったが、70年代全般に亘って活躍してきた多くのジャーマン・シンフォニック系にあっては、グローブシュニット然りヴァレンシュタイン、ノヴァリスも高水準で素晴らしい完成度を有しながらも、今一つ何かしら抜け切れていないもの、所謂ジャーマン特有の土臭さ…悪く解釈してしまえば辛辣なロック評論家が口にするであろう“ドイツの片田舎臭さ”といったきらいが感じられるのも事実で、ワールドワイドなプログレ(決して売れ線狙いな商業ロック化するという意味ではなく)というレベルにまだ達し切れていないもどかしさを、私自身過去に何度痛感したことだろうか…。(それがジャーマンらしくて良いという意見もあるが)
 そんな西ドイツの70年代という閉塞感を脱却し、来たるべき80年代への時代の移り変わりに呼応するかの様に…エニワンズ・ドーターの4人の若者達はジャーマン・ロックシーンに彗星の如く登場した。
 1971年を境にハンブルグとシュツットガルト在住の学生達を中心にエニワンズ・ドーターの母体ともいうべきバンドが結成され、この頃からキーボードのMatthias UlmerとギタリストのUwe Karpa(当時は彼はまだ若干13歳の若さだった!)を中心に、ディープ・パープルからEL&P、イエス、ジェネシス、フォーカス、マハビシュヌ・オーケストラ、リターン・トゥ・フォーエヴァー、果ては同国のジェーンや、エロイ、グローブシュニットに影響を受けたバンド・創作活動を実践し、72年から79年のデヴュー前にかけては前出のエロイやグローブシュニットといった人脈・人伝を通じて年間数十回にも亘る前座活動と単独ギグをこなし、当時の西ドイツ国内でもかなりの知名と認知度を上げていたとのこと。
 1975年に美青年のベーシスト兼リード・ヴォーカルHarald Barethが加入し、1977年にはパンケーキに在籍していたドラマーKono Konopikを迎えて、こうして第一期エニワンズ・ドーターのラインナップが揃う事となる。
 1978年、デヴューアルバム製作という目標に先駆けてシュツットガルトの旧砂糖工場だったスタジオで、“I Hear An Army” “Ma Chère Marquise De Sade” “Window Pain”そしてデヴューアルバムに収録された“Sally”の原曲となった“Sally The Green ”の4曲をレコーディングし、そのデモ音源を携えて大手のブレインレーベルへ積極的に働きかけ、その甲斐あってか程無くして翌1979年デヴュー作リリースのディールを取り付ける事に成功する。
 ちなみに余談ながらも、先のデモ音源に収録された4曲は後年意外な形で陽の目を見る事となるのだが、それは後ほど触れる事として、1979年彼等はブレインレーベルの強力な後押しで記念すべき念願のデヴュー作『Adonis』をリリースする。
 そのワールドワイドな規模をも視野に入れたかの様な、初々しくも瑞々しい若い感性が発露したジャーマン・シンフォニックロック新時代到来を予感させる、真摯で堂々たる創作姿勢と音楽的にも素晴らしい内容がドイツ国内外でも高く評価され彼等はデヴュー早々幸先の良いスタートを切る事となる。
 デヴュー作でいきなり旧アナログ盤A面全面を費やした4部作組曲形式の大作“Adonis”は、イエスの『危機』やジェネシスの『サパーズ・レディ』に触発され、当初から大曲主義を意識したリスペクトをも孕んだ内容で、若々しい感性で綴られるギリシャ神話の世界をシンフォニック・サウンドで見
事に描ききった意欲作にして彼等の代表作となり、文字通り80年代プログレッシヴの名曲となったのは最早言うまでもあるまい。
          

 しかしその舞台裏に於いてレコーディング自体は順調に進んでいたものの、彼等自身その製作途上で思いもよらぬ理想と現実とのギャップを思い知らされる事となる。
 皆さん既に御存知の通り、デヴュー作『Adonis』は実はアルバムリリース以前にもう一つジャケットデザインが存在しており、ギリシャ神話の世界観をファンタジックに描いた美麗なアートワークが使われる筈だったのだが、リリース元のブレイン側がこれに難色を示し(要は早い話…“そんなジャケ
ットじゃ売れない!”と言わんばかりにファンタジーめいたデザインは却下されたものと思われる)、結果的にブレイン側の提示したデザインの要望を呑むという形で解決に至ったものの、その事が後々バンドとレーベル側に大きなしこりとなって両者との間に出来た溝が埋められなくなってしまったのは言うに及ばず。
 ブレイン自体も70年代というスタイルから脱却し、より一般大衆向けのセールス主義に移行しつつあった時代背景があったとはいえ、バンドの意向に聞く耳持たずといった方針転換に対しそれは些か少々酷な話だと思うのは私だけだろうか…。
 まあ、後年1993年に初CD化された際、没になったアートワークが復活した事が唯一の救いとなってはいるが、幻想的な意匠にせよ、ブレイン側が提示したデザインにせよデヴュー作『Adonis』の素晴らしい音楽世界観は不変という事だけは紛れも無い事実であろう(没になった幻想的なイラストは現在YouTubeで観る事が出来る)。

 バンドとレーベル側とが歩み寄る事無く半ば離反に近い形で継続していたものの、デヴュー作『Adonis』はセールス的には好調で、大曲“Adonis”に加えて彼等自身のバンドテーマソングとなった“Anyone's Daughter”もライヴでの大きな話題と評判となって、ファンの支えは彼等にとっても大きな追い風と原動力になった。
 そして時代はいよいよ80年代に突入し、周囲のバンドメイトからの薦めもあってブレインを離れた彼等は自由な気風の目玉焼きマークでお馴染みの大手スピーゲライに移籍する事となる。
 スピーゲライとの円満良好な関係は83年まで続き、まさしくエニワンズ・ドーター黄金期の到来でもあった。
 ゲルマンのロマンティシズムを絵に描いた様なファンタジックな意匠の1980年の2作目『Anyone's Daughter』は、バンド名をそのまま冠した通り改めて初心に帰った小曲集的な趣を湛えつつも決して小じんまりする事無く、ジャーマンのリリシズムとロマンティシズムを活かしつつ、シンフォニックな作風の中にも軽快でキャッチーなポップス感覚を備えたメロディーラインが前作以上に際立った秀作に仕上がっている。
 アルバム収録曲の“Moria”もラジオでオンエアされスマッシュヒットとなり、前出の“Anyone's Daughter”と並ぶ彼等の代表曲となったのも特筆すべきであろう。
    

 そして翌81年、彼等はこの年に大きな転換期を迎える事となる…。

 ヘルマン・ヘッセの「ピクトルの変身」からインスパイアされたライヴパフォーマンス一発録りで完全収録された通算第3作目の『Piktors Verwandlungen』こそ名実共に彼等の名前を不動のものとしバンドとしても最高傑作となった、文字通り80年代の…否!現在までに至るプログレッシヴ・ロックの歴史に燦然と輝く名盤・名作として数えられる一枚と言えるだろう。
      
 美麗な見開きジャケットのイメージに加えて、全曲を聴き終えた後の客席からの聴衆達の拍手喝采、スタジオ収録かと見まがうような曲の構成と展開、メンバーの演奏をバックにヘッセの詩を厳粛且つ切々と朗読するHaraldの姿が脳裏を過ぎる…そんなヴィジュアル感と相まって、彼等の幻想音楽世界はまさしく最高潮に達したと言っても過言ではあるまい。
    
 『Piktors Verwandlungen』という大きな足跡…その偉業を為し遂げた事を見届けたかの様にドラマーのKono Konopikが地域奉仕活動に専念する為にバンドを抜け、後任にPeter Schmidtを迎えた彼等は『Piktors Verwandlungen』から母国ドイツ語で歌う事に誇りとプライドを見出して以降、ドイツ語のヴォーカルメインで82年色鮮やかなブルーカラーを基調とした意匠と穏やかでアコースティックな趣と重厚さが際立った感の『In Blau』、翌83年には時代に呼応したデジタリィーでアーティスティックな作風の『Neue Sterne』という良質で素晴らしい2枚の好作品をリリースし、イギリスで勃発したポンプロックとはおおよそ無縁なまさしく我が道を邁進する姿勢を崩す事無く80年代のシーンを歩み続けた。    
 特に『In Blau』での15分強の大作“Tanz Und Tod(死と舞踏)”の充実ぶりには、プログレッシヴ・ロックのプライドを頑なに守り続ける並々ならぬ強い意志すら感じられ、かの“Adonis”に負けず劣らずの泣きと哀愁のリリシズムに感涙で目頭が熱くなる思いである。
      
 そして84年彼等の音楽的な集大成と言っても過言では無い2枚組ライヴアルバム『Live』は、今までのバンドの思いの丈が込められた選曲から音質、構成…等に至る全てに於いて、ベストオブベストなコンディションで臨んだ渾身と白熱のライヴパフォーマンスが凝縮された素敵な贈り物となったのはもはや言うには及ぶまい。
          

 そんな順風満帆だった彼等にも時代の波が押し寄せ、“ライヴアルバムを出した後のバンドは必ずと言っていいくらい大きな変化が訪れる”というプログレッシヴ業界普遍の諺通り、彼等エニワンズ・ドーターにも大きな変化が訪れ、バンドの顔でもあったHarald Bareth、そして二代目ドラマーPeter Schmidtの脱退は、今まで支えてきた多くのファンですらも俄かには信じ難い大きな衝撃となった。
 そして抜けた穴を埋めるかの如く、新進バンドだったエデンズ・テイストからヴォーカリストのMichael Braunを招き入れ、Andy Kemmer(B)、Gotz Steeger(Ds)を後釜に迎えた5人編成という新布陣で新作レコーディングに取り掛かるも、結局新曲5曲を収録したままバンドメンバー各々の諸事情や音楽的意見の食い違いやらでバンドは空中分解し、エニワンズ・ドーターは何とも呆気無い幕切れで長きに亘る創作活動そのものに終止符を打つ事となる。
 結果…1986年、MatthiasとUweの両名は残された新曲5曲のマテリアルと、前出にも触れたデヴュー以前に旧砂糖工場で収録した4曲のデモ音源を再編集し、A面に新曲5曲、B面にデヴュー前の未発デモ音源4曲で構成した『Last Tracks』を自主製作という形でリリースし、それと前後して正式な解散声明を発表。
 新メンバーを補充して時代相応に歩み寄った(再び英語のVoに戻している)新機軸を打ち出したというか、インターナショナルなセールスを意識したかの様な売れ線狙い気味のエレクトリックポップス風なサウンドに移行し、あきらかにロマンティシズムなシンフォニックに訣別して再出発を図った新曲5曲が今一つな感だっただけに、デヴュー前に録った未発音源の素晴らしさが余計際立って、有終の美を飾るにしては何とも味気無く皮肉なものである(苦笑)。
 スペースの都合上掲載は出来なかったものの美麗なアールデコ調のジャケットが秀逸なだけに、余計解散してしまったという一抹の寂しさは正直拭い切れない…何とも寂寥感漂う空虚でボヤけた印象の作品になったのが悔やまれてならない。
 私自身も当時マーキー誌のVol.025号でエニワンズ・ドーター解散の記事を執筆したから克明に記憶しているのだが、編集部から送られてきた最終作『Last Tracks』のデモ音源のカセットサンプルと、ジャケットのカラーコピー、そして編集部が対訳したバンドサイドからのラストメッセージを間近に接してみて、漸くエニワンズ・ドーター解散が現実のものであると認識したのを今でも昨日の事の様に覚えている…。

 エニワンズ・ドーターが事実上の解散となった後、MatthiasとUweの両名は女性ヴォーカリストINESのレコーディングに参加したり、新人バンドの育成・プロデュース業といった裏方に回り、その延長線上で音楽事務所やスタジオの運営にも携わるようになり、暫くの数年間は表立った活動のニュースというものが聞かれなくなった。
 余談ながらも、この時期と前後して前任ヴォーカリストのHarald Barethが地元高校の教師として教壇に立ち始め現在までに至っている。
 プログレ全盛期時代のエニワンズ・ドーターの素晴らしさと評判ばかりが独り歩きし、90年代に突入すると彼等の黄金期の作品も一挙にCD化され時代と世代を超えて新たなファンをも獲得するまでにその名前は伝説的に近いものとなった。
 そして21世紀…2001年にMatthiasとUweは新たなサウンドスタイルでエニワンズ・ドーターを復活させる。
 Andre Carswell (Vo)とRaoul Walton (B)のアメリカ国籍の黒人アーティスト両名に、古くから旧知の間柄だったPeter Kumpf (Ds)を迎えた5人編成で『Danger World』をリリースし新たに再出発を図る。
          
 メンバーにアメリカ人を加えた事でややもすればファンクかヒップホップに転向したのかといらぬ勘繰りや誤解をしてしまいそうになるが、ロマンティシズムなシンフォニック路線は完全に後退したものの、その逆に都会的で上品な洗練されたポップスと歌メロを存分に聴かせる良質なAOR風に方針転換した事は大いに正解だったと思える。
 そして同年には往年のファンと新たなファンへの素晴らしい贈り物とも言うべき、ファンからのリクエストによって選曲された、Harald BarethとKono Konopikそして2代目ドラマーPeter Schmidt在籍時の…まさしくベストオブベストな2枚組ライヴCD『Requested Document Live 1980 - 1983』までもがリリースされ、自己への存在証明と再確認という意味合いを含め、長きに亘る沈黙がまるで嘘だったかの様に彼等は再び活気に満ちた創作意欲を取り戻したのである。
 このリクエストライヴは世界的に大好評セールスを記録して、好評につき2003年にはアンリリースなレアライヴ音源と、画質はホームビデオ並みなクオリティーながらもデジタルりマスタリングを施した貴重なライヴDVD(PAL対応)の2枚組CD『Requested Document Live 1980 - 1983 Vol. 2』がリリースされ、続く2004年には前作の延長線上の新作『Wrong』に合わせて、かのヘルマン・ヘッセの生誕記念として名作『Piktors Verwandlungen』がジャケットデザインを新装しリマスター再発された事も特筆すべきであろう。
 2006年、バンドは新たな試みとしてMatthias、UweそしてAndre Carswellのトリオによるドイツ国内のアコースティック・ライヴツアーを敢行し各方面で絶賛され、翌07年にはその模様を収録したライヴCDと4曲入ボーナスDVDの2枚組ライヴ盤『Trio Tour』(2000枚限定プレスでナンバリング入り)を発表し、更なる可能性と新機軸を打ち出す事に成功する。

 2011年には大御所シンガーソングライターHeinz Rudolf Kunzeとの2002年共演ライヴ始め、先のヘッセ生誕祭での記念ライヴを収録した『Calw Live』を発表し、そして今もなお記憶に新しい2018年バンド名義として実に14年ぶりの現時点での最新作『Living The Future』をリリース。
 本作品ではMatthias UlmerとPeter Kumpfを主導に、Andre CarswellとRaoul Waltonが抜け、更には長年苦楽を共にしてきたギタリストのUwe Karpaが離れ、新たなギタリスト並びオランダ人の若手のヴォーカリストを迎えた形で、ベーシスト並びバックコーラスを含めた大所帯のゲスト布陣で臨んだ幾分『Neue Sterne』期の頃に立ち返ったかの様なゲルマンのロマンティシズムが堪能出来る好作品に仕上げているのが何とも嬉しい限りである。
    

 本文の終盤にかけてやや駆け足ペースで進めてきたものの、時代や世代がどんなに移り変わろうとも…サウンドスタイルや方法論が変わろうとも、やはり彼等エニワンズ・ドーターの洗練された音楽美学に一点の曇りは無い!
 今回の本文を綴ってみて改めて“嗚呼…やっぱり自分はエニワンズ・ドーターが好きなんだ”と言う事をつくづく思い知らされた気がする。
 彼等が今後どんな方向性に進むのか…1ファンとしてその生き様を見届ける為にも、これからまだまだ気長に付き合っていかねばなるまい。
 妄想の様な戯言みたいで失笑を買うかもしれないが、願わくばHarald BarethとKono Konopik(或いはPeter Schmidt)による4人黄金期のエニワンズ・ドーター奇跡と夢の再結集ライヴを、今一度でいいから観てみたいものであると願うのは私だけのささやかな我が儘であろうか…。

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一生逸品 NEUSCHWANSTEIN

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 2020年、今年最初の「一生逸品」をお届けします。
 今回はドイツ(旧西独時代)から、70年代最後の正統派シンフォニックの申し子にして…同国のアイヴォリーと共にジェネシス・チルドレンの最右翼という名誉と称号を得ていると言っても過言では無い、まさに「一生逸品」という名に恥じない金字塔的秀作を唯一遺した“ノイシュヴァンシュタイン”に焦点を当ててみたいと思います。

NEUSCHWANSTEIN/Battlement(1979)
  1.Loafer Jack/2.Ice With Dwale/ 
  3.Intruders And The Punishment/
  4.Beyond The Bugle/5.Battlement/ 
  6.Midsummer Day/7.Zartlicher Abschied
  
  Thomas Neuroth:Key 
  Klaus Mayer:Flute, Syn 
  Roger Weiler:G 
  Frederic Joos:Vo, Ac-G
  Rainer Zimmer:B, Vo 
  Hans-Peter Schwarz:Ds

 「初期及び中期のジェネシスに影響を受けたグループは世界中に数多く存在するものだが、それらのうち出来の良い例と余りにもお粗末な駄作の二つに大別されるケースがかなり見受けられる様だ。ここに登場するノイシュヴァンシュタインは、ゲイヴリエル在籍時のジェネシスの血筋を見事に脈々と受け継いだグループであると言える。が、それ以上にスリリングかつドラマティックな曲の展開や各パートの奏法において、オリジナルよりもはるかな力量を発揮している。朽ち果てた中世の城跡のカヴァーワークをそのまま音にしたと言ってもいいだろう。単なる物真似やコピーという低次元な目標にとどまらず、より以上に彼等の根底にはヨーロピアン古来の構築美と様式美が生き続けているのである。」 (マーキー刊・1987年版『ユーロピアン・ロック集成』より抜粋) 

 お恥かしい限りではあるが、上記の余りにも拙い文面…これは私自身がまだ若い時分マーキー在籍中にユーロ・ロック集成にて執筆したノイシュヴァンシュタインの紹介レヴューである。
 改めて今読み返してみると、あの当時は情熱には燃えていたものの些か未熟な部分が散見出来る事この上ないなぁと思えてならない(苦笑)。

 70年代~今世紀の現在にかけて、全世界中のプログレッシヴ・ロック・フィールドにおいて多大なる影響を及ぼしたジェネシス。
 ゲイヴリエルないしハケット在籍時の黄金期の名作群『侵入』~『静寂の嵐』で培われた気運と精神、そして作風は後のプログレ停滞期(低迷期)の70年代末期~80年代のアンダーグラウンドなフィールドにおいて、その威光と気概を受け継いだ子供達=若きプログレッシャー達…顕著なところで、本家のイギリスからはイングランドやIQ、オーストリアのキリエ・エレイソン、スイスのデイス、アメリカのバビロン、我が日本からは新月やページェント…etc、etcの輩出に至ったのは最早言うまでもあるまい。 
 皮肉な話だが…プログレスする事を捨て去り安易なポップ化による商業路線に転換した本家ジェネシスとは対照的に、前述のジェネシス・チルドレン達は「プログレ冬の時代」と言われた苦難な時期において、自らのプログレス精神を初志貫徹の如く、嘘偽り無く貫き通し短命(昨今のイングランドやIQを除き)ながらも珠玉の名作を遺していった。
 ドイツにおいても旧西独時代、ジャーマン・ロック(ハードロックやプログレッシヴも含めて)特有の臭さから漸く脱却が感じられつつあった70年代末期、ジェネシス影響下の最右翼アイヴォリーと共にその名を轟かせる事となる彼等こと、ノイシュヴァンシュタインは唯一の作品『Battlement』で79年ラケット(ロケット?)・レーベルより細々とデヴューを飾った次第である。

 バンドの歴史はムゼアからのバイオグラフィーによると(私自身拙い語学力で誠に申し訳ないものの…)、1971年Saarlandという地方都市にて幼少の頃からクラシック音楽の教育を受けていたハイスクールのクラスメイトだったThomasとKlausの二人を中心にノイシュヴァンシュタインの母体となるべきバンドが結成される。
 結成当初から、イエス始めリック・ウェイクマン、ジェネシス、ジェスロ・タル、キャラヴァン、ウィッシュボーン・アッシュ、果てはアトール、ノヴァリス…等から影響を受けたシンフォニック・ロックを目指していたとの事であるが、結成から3年後の1974年ルイス・キャロル原作の「不思議の国のアリス」をモチーフに曲を書き、同年に開催されたロックコンテストにてシンフォニック・スタイルのプログレッシヴなサウンドで聴衆を魅了し見事優勝を遂げ、これを機にアリスの世界観をステージで再現した演劇仕立てのロックショウで一躍注目を集め、以降2年近くドイツ国内並びフランスでギグを展開し(その間も若干メンバーの変動こそあったが)、基本インストオンリーでドイツ語による語りという作風で、初期の傾向としてはジェネシスよりもむしろノヴァリスやグローブシュニット、ヘルダーリンに近いジャーマン・シンフォニックを演っていたと捉えた方が妥当かもしれない。
 同時期にホームレコーディングで収録された『不思議の国のアリス=Alice In Wonderland』のデモ音源を完成させ、ドイツ国内の大小を問わず各方面のレコード会社に持ち込むものの、門前払いなのか方向性の相違なのかは定かではないが、結局諸般の事情等が運悪く重なってしまい『Alice In Wonderland』はお蔵入りという憂き目に遭い、以後数十年間寝かされたまま長い沈黙を守り続ける次第であるが、21世紀の後年『Alice In Wonderland』は意外な形で陽の目を見る事となる…。

 バンド結成以降初めて挫折なるものこそ経験したが、その半面バンドにとっては最良の出来事が待っており、件のアリスツアーの途中でフランス人ヴォーカリストFrederic Joosとドイツ人ギタリスト
Roger Weilerとの出会いはバンドの音楽性を更なる飛躍へと向かわせ、ヴォーカルをメインとしたスタイルへと変えたノイシュヴァンシュタインは御大ジェネシスをリスペクトした楽曲へと自己進化(深化)を遂げ、当時既にビッグネームだったノヴァリスのオープニングアクトを務めながら、1978年10月かの名作級のデヴュー作『Battlement』の録音に着手する事となる。
 概ね10日間という限られた日数と分刻みのスケジュールで半ば突貫工事に近いレコーディングではあったものの、バンドメンバーは臆する事無く録音に臨み苦労の末漸くマスターテープの完成までに漕ぎ着けたのは言うに及ぶまい。
 その後当初のミックスダウンに満足出来ず、翌1979年に再度リミックスを試みプレスの段階まで辿り着いたのも束の間、ヴォーカリストのFredericとベースのRainerの両名がバンドを抜けるという予期せぬ出来事が追い討ちをかけ、難産の末にデヴューリリースされた『Battlement』も成功にはやや程遠い6000枚近いセールスで終止するといった結果となってしまう。

 オープニングの冒頭から12弦アコースティック・ギターのトラディッショナルでたおやかな調べに導かれ、分厚いキーボード群にリズム・セクションが軽快に加わると、そこはもう紛れも無くジェネシス・ワールド…或いはスティーヴ・ハケットないしアンソニー・フィリップさながらの音世界が繰り広げられ、続く2曲目以降もアコギとフルートによる雄大な調べにゲイヴルエル調の演劇がかった歌い回しに古のジェネシスの残像を見出す事が出来るだろう…。
 然るに今回は全曲云々がどうとかの紹介は抜きに、全曲総じて徹頭徹尾に至る初期ジェネシスイズムで染め上げられ、ラストまで一気に中弛み無しに中世欧州浪漫が堪能出来る筈である。
 ちなみにオリジナルアナログLP原盤とムゼアからリイシューされたCDとで比較してみると、要所々々で楽曲に若干の変化が見受けられるが、バンドギタリストだったRoger自らが運営している音楽スタジオにて、ムゼアサイドのリイシューCDの為に、『Battlement』のマスターテープを再度リミックス・リマスターしたもので、その甲斐あってかオリジナルLP原盤をお聴きになって既に音を知っている方々でも、まるで全く別な新しい作品を聴いているかのような新鮮な気持ちになる事だろう。
 音がムゼア流にきれいにキチッと整理されている分、オリジナルで感じられた牧歌的でトラディッショナルな趣、初々しくも荒削りな魅力の良い深味が半滅気味というきらいは無きにしも非ずではあるが作品としてのクオリティーは決して下がる事は無いので誤解無きように…。 
 付け加えておくと…冒頭1曲目のみドラマーがHans-Peterではなく、かのジャーマンメタルの大御所スコーピオンズに在籍していたHermann Rarebellであるとの事。
 更にはオリジナルLP盤未収録でシングル向きに録音された“Midsummer Day”がボーナストラックとして6曲目に収録されているというのも実に嬉しい限りである。
          
 ジェネシス影響下のテイストも去る事ながら、やはり一見地味な趣ながらもセピア色にくすんだ中世の城跡のフォトグラフにオリジナルLP盤の裏面のフォトグラフ…暗雲垂れこめる空の下、広大な山々に囲まれた湖畔の水面を思わせる悠久の調べと幽玄なまでの美を体感出来る事だろう(個人的にはもっとプログレッシヴを意識したそれっぽい意匠であれば、また違った評価を得られたと思うのだが…)。 

 FredericとRainerがバンドを去った後も、新たなヴォーカリストとベーシストを迎え音楽的方向性やら路線を変える事無く、デヴューアルバムのセールスこそ振るわなかったものの、ドイツ国内での人気は決して衰える事無く、以降もノヴァリスやルシファーズ・フレンドと共演しながら活動を継続していくものの、バンド内部での心身の疲弊に加え音楽活動に見切りを付けて生業に就きたいというメンバーの意向を汲んだ形で、ノイシュヴァンシュタインは1980年静かに人知れず自らの活動に幕を下ろすこととなる…。

 ノイシュヴァンシュタインも他のプログレッシヴ・バンド達と同様御他聞に漏れず、バンドは解散した後に於いてもその素晴らしき唯一作だけが独り歩きし、人気と実力が鰻上りに再評価されて見直されるといった具合に、1992年にムゼアからのリイシューCDを経た後、更には21世紀ともなると1976年にデモ音源のマスターテープだけが遺された『Alice In Wonderland』がムゼアの尽力により、2008年遂にCD化されて陽の目を見るという快挙を成し遂げ、ノイシュヴァンシュタインは名実共にその名をプログレッシヴ・ロック史に刻む事となった次第である。
    

 バンドが改めて再評価されるという機運を得たかつてのリーダー兼コンポーザーThomas Neurothは、再び創作意欲を取り戻しバンドの再建へと自らを奮い立たせ『Alice In Wonderland』リリースから8年後の2016年、Thomas主導で大所帯の新メンバーによるノイシュヴァンシュタイン名義実に37年ぶり現時点での珠玉の最新作『Fine Art』をリリースし、正統派ユーロ・シンフォニックロックが持つ芸術性と美学、アーティスティックな感性が光り輝く、バンド本来の持ち味に加えて長年培われた実力と底力が垣間見える最高の贈り物となったのは最早言うまでもあるまい。
    

 ノイシュヴァンシュタインが70年代に遺した…ジャーマン・シンフォニックシーン随一のロマンティシズムとリリシズムの結晶とも言うべき唯一作にして偉大なる遺産。
 伝統美に裏打ちされつつも、ある種突き抜けた様な開放感を伴った明るく垢抜けた音楽性と方法論は、後々のエニワンズ・ドーターを始めとする80年代ジャーマン・シンフォニック…そして21世紀今日のメロディック系シンフォニックへと伝統の如く脈々と流れ、新たに生まれ変わったノイシュヴァンシュタイン共々ドイツ・ロマンティック街道さながらの美意識が今もなお生き続けているのである。

夢幻の楽師達 -Chapter 24-

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 2020年新春第2弾の「夢幻の楽師達」を飾るは、劇的にして浪漫と美意識を備えた独自の音楽的スタイルを確立させ日本のプログレッシヴ・ロック史にジャパニーズ・プログレッシヴハードという新たな一頁を残し、激動の80年代ロック・シーンを駆け抜け、解散後も尚絶大にして根強い支持を得ている…ロマネスクの旗手にして最早“伝説”の域に達したと言っても過言ではない“ノヴェラ”に今再び栄光のスポットライトを当ててみたいと思います。

NOVELA 
 (JAPAN 1980~1986)
  
  五十嵐久勝:Vo 
  平山照継:G, Vo 
  山根基嗣:G, Vo 
  高橋良郎:B, Vo 
  秋田鋭次郎:Ds, Per 
  永川敏郎:Key 

 私にとってジャパニーズ・プログレッシヴとの邂逅は紛れも無くノヴェラそのものであった。
 70年代の日本のプログレッシヴのパイオニアがファー・イースト・ファミリー・バンド、四人囃子、コスモス・ファクトリーそして後年の新月を境とすれば、80年代は紛れも無くノヴェラであったと言っても過言ではあるまい。 
 70年代末期の関西は兵庫・神戸にて2つのバンドが産声を上げた。
 ひとつは、ピーター・ハミル、ルネッサンス、エニド、クイーン、デヴィッド・ボウイ、イエス、UK等に影響を受けた平山照継、永川敏郎、そして当時の関西圏ではその名を轟かせていたアンジーこと五十嵐久勝を擁していたプログレッシヴ・ハード系の“シェラザード”。
 そして、もうひとつは高橋良郎(現ヨシロウ)、山根基嗣に秋田鋭次郎を擁していたキッスばりのド派手なメイクとライヴ・パフォーマンスで人気を誇っていたHM/HR系の“山水館”。 
 1979年という激動の70年代最後の年、日本のロック史において大きく時代が動き出そうとしていた。
 かの…たかみひろし(現、高見博史)氏がキング・レコードを拠点に日本発の世界に向けた本格的ロック・レーベル“ネクサス(NEXUS)”の設立と同時に、先のシェラザードがロッキンf主催の第一回アマチュア・バンド・コンテストにて優勝を飾った事を契機に、前後して山水館と合体したシェラザードはノヴェラと改名し、見事堂々とネクサスからの第1号バンドとして世に出る事と相成った次第である。
          
 ノヴェラは、宣伝媒体においてミュージック・ライフやフールズメイト、キングのユーロ・ロックコレクション+洋楽新譜告知欄にて…まさに社を上げて大々的に告知され、関西圏においてはその鮮烈で且つ圧倒的なライヴ・パフォーマンスに加え、音楽性のみならず昨今のヴィジュアル系の走りともいうべき(良くも悪くも)アイドル的なルックスとファッションで人気を博していたのだが、デヴュー・アルバムに先駆け新宿ロフトでの東京初ライヴでは、キャパを遥かに上回る観客動員記録を樹立し、その人気はデヴュー作『魅惑劇』がリリースされるや否や全国区へと拡大しつつあった。 
 余談なれど…『魅惑劇』の当時の告知欄にて、ノヴェラのライヴフォト中での永川氏は何となくリック・ウェイクマンを彷彿させる様な衣裳だったと今でも記憶している。
 個人的な主観で誠に恐縮だが…片や五十嵐、平山氏、その他のメンツに至っては当時のライヴ・ファッションから、おおよそとてもプログレを演っているとは思えない…在り得ない…程遠い…そんな最悪な第一印象だった…改めてホントにゴメンナサイ!!!(苦笑)。 

 最悪な第一印象に拍車を掛けるかの如く、私自身…あの当時、最初見た目どことなくアイドル歌謡曲ロック・バンドみたく、初めて接したノヴェラの音というのも失礼ながらもテレビの特撮番組の主題歌(円谷プロ製作、テレビ東京で放送していた「ぼくら野球探偵団!」)“マジカル・アクション!
”“アイム・ダンディ”だったのが不運であった。 
 今でも鮮明に覚えているが、「ぼくら…」にノヴェラがゲスト出演していたのも今となっては懐か
しくも貴重でレアな…早い話がロックバンドによく有りがちな「まあ…こんな時代もありました」みたいで何とも微笑ましくも感慨深い。
           
 話が横道に逸れたが…ノヴェラの音楽との最初の出会いが出会いだっただけに、ますます彼等との距離が遠退いたのは言うまでもなかった(苦笑)。
 それでも不思議なことに…各音楽誌の新譜告知欄に時折目を通したり、行き付けのレコード店にて彼等の作品を結構と気にかけている、そんな当時の自分がそこにいたのは紛れも無い事実である。
 そもそも自分自身…「ああ…このバンド(プログレに限るが)絶対自分の好みではないな」と思うのにかぎって、後からものすごくハマってのめり込んでいってしまうこんなお決まりのパターンを繰り返しながら今日に至っているのだから全く以って世話は無い。
    

 「ぼくら…」を例外とすれば『魅惑劇』そして翌年の前作の延長線上ともいうべき佳作の2枚目『イン・ザ・ナイト』、12インチ・シングルの『青の肖像』(内田善美女史の美しいイラストが素晴らしい!)とも、本当に日本のロック作品にしてはジャケット・ワークの美しさ、センスの良さ、素晴らしさでは他の日本のバンドの作品とは一線を画した、一歩抜きん出た個性・煌きを感じずにいられなかった。
          
 1981年、ノヴェラに対しそんなこんなを考えてた矢先にリリースされたのが、3rdアルバム『パラダイス・ロスト』であった。
 本作品にあっては、構築と破壊が隣り合ったようなロマネスク的雰囲気のジャケット・ワークの素晴らしさが音世界と見事に融合且つ相乗効果が作用し各音楽誌でも賞賛されたこともあって、自分自身も今度という今度ばかりは非常に内容が気になり興味を抱かずにはいられなかった。
 ただ…あの当時は未だに「ぼくら…」のイメージが付き纏っていたのも正直なところであった。
 が、もはや思い立ったら吉日とばかり当たり外れを抜きにとにかく買って聴くしかないと手に入れたのが、彼等との運命的・劇的な最初の出会いでもあった。
    
 ジャパニーズ・プログレの先輩でもある四人囃子の森園勝敏をプロデューサーに迎えた本作品は、リーダー平山自身がノヴェラの全作品中最も気に入っている作品と言うだけあって、今までの自分自身が抱いていた「日本のバンドなんて…」といった誤解と偏見を完全に払拭するだけの世界観が見事に繰り広げられた珠玉の名作とも言える。
 しかし皮肉なことに…聴き手側の思惑とは裏腹にバンド自体は、最初の危機ともいうべき平山、五十嵐、永川のシェラザード出身組と、高橋、山根、秋田の山水館出身組との二派に再び分裂という危なげな脆さが表面化していた…まさにバランスぎりぎりの緊張感漂う作品であったのも正直なところである。 
 分裂の兆候は恐らく『青の肖像』辺りからだと思うが、今にして思えば平山作の"メタマティック・レディ・ダンス"であれだけノヴェラ流ヘヴィメタルな側面を垣間見たのに"何故…?"と首を傾げたくもなる。
 山水館組メンバーの意向を多少は(妥協ではないと思うが)汲んだからだろうか?決してあの当時、メンバー間は水と油の関係ではなかったものの、やはり互い同士がどこかしら遠慮していた部分があったのかもしれない、あくまで推測の域ではあるが…。 
 危ういバランスと緊張感の中『パラダイス・ロスト』にてバンド自体は音楽性を高めて、その後はリーダーの平山色をますます強くしていったと言っても過言ではあるまい。
    
 予想外の分裂劇から1年間の活動休止期間を経て1983年の2月に新たなベーシストに笹井りゅうじ、ドラマーに西田竜一を迎え5人編成となったノヴェラ通算4作目『聖域』はまさに待ち焦がれたとも言えるべき待望のジャパニーズ・プログレッシヴ史に燦然と輝く最高傑作だった。
 セールスも評判も上々、当時のロッキンfやフールズメイト、マーキー誌でもこぞって大絶賛するが故に完成度の高い、イエスとジェネシスの血筋を見事に受け継いだ本格派のシンフォニック・プログレッシヴで“欧州浪漫”の唯一無比の世界がそこにあったのは言うに及ぶまい。

 …であったが故に、『聖域』という大偉業を成し遂げた後、何でこの時点で漫画のイメージアルバムを手掛けなければならなかったのだろうか。 
 「最終戦争伝説」(第2弾も含めて)…これこそがノヴェラというバンドにとって唯一の方向性を見誤ったであろう、余計な遠回りに等しい失敗作だったと思えてならない(原作漫画含めてアルバムが好きな方々には申し訳ないが…)。
 同じキング・レコード内部からの依頼要請とはいえ洋楽セクションのネクサスに対し、アニメのサントラや漫画のイメージアルバムを手掛けるスターチャイルドでは、月とスッポン…水と油のようなもの。
 平山のインタヴューから知らされた時は「えっ!何で!?」という疑問を抱かざるを得なかったのが正直なところで、最低でも「最終…」の1作目に関してはアルバム・ジャケットにノヴェラの名は入れるべきではなかったと思うし、バンド名義の作品にすべきではなかったと思う。
 当時どんなにノヴェラにのめり込んでいたとはいえ…自分自身さすがに「最終…」だけは手を出したくはなかったのが正直なところである。
 後日、アニメや漫画が好きな友人が買ったということで聴きに行き、確かに2曲ほど良い曲はあったが、あとは殆ど覚えていない…ネクサスからの一連の作品と比較しても印象稀薄というのが率直な感想だった。
 後年人伝に聞いた話だが…平山曰く「最終…」はバンドとしてやるべき仕事ではなかったし、余り乗り気ではなかったとのことである。
 良い方に解釈すれば、新たなファン層の開拓=所謂少女漫画のファンをも更に獲得したかったみたいだが、悲しくも皮肉な話…やはり漫画のファンは漫画のファンでしかなかったのが現実である。
 第2弾をリリースしたのはあくまで第1弾が好評だったからという理由だけでしかなかった。
 さすが第2弾にあっては平山以外メンバーの殆どが間接的に関与するだけに止まった(ジャケットにもノヴェラの名前はクレジットされてなかった)。
 前述で『聖域』という大偉業を成し遂げたと触れたが、もしもあの時点で「最終…」の仕事をきっぱりと断っていたら、あの5人のメンバーで『聖域』と並ぶ最高傑作がもう1枚出来ただろうに…そんなことを現在でも思い起こしては只々悔やまれるだけである。
 「最終…」に余計な時間と才能を費やす位なら、(ライヴ・アルバムやソロ作品を出す前に…)もう1枚ネクサスで作品を手掛けて欲しかったと思うのは私だけだろうか?それは単に欲張りな我が儘なのだろうか? 
 当時文通していたプログレ絡みでノヴェラのファンだった東京の女友達の口からも「最終…」に関しては完全に否定的であった事を今でも記憶している。
 そんなこんなで83年末に、ネクサスから久々にリリースされたピクチャー・ミニアルバム『シークレット・ラヴ』は「最終…」での失地回復、鬱憤を晴らすかの如くポップな作風ながらも気迫と気合いの篭った演奏は、ファンを安心させるかの様な会心の出来であったのが何よりも嬉しかった事を今でも記憶している。
 新曲2曲は流石に少なめではあったものの廃盤シングル扱いだった“ジェラシー”と未発表曲の“怒りの矢を放て”が収録されたのはファンにとって最高の贈り物であった。
 先の東京の女友達も「最終…」では落胆したが、『シークレット…』を聴いてホッとひと安心したと語っていた事を今でも鮮明に覚えている。
          
 平山のファンタジック・ワールドの序章とでもいうべき『ノイの城』、永川のソロ・バンド『ジェラルド』といったプロセスを経て遂に第1期~2期の集大成とも言える2枚組ライヴ・アルバム『フロム・ザ・ミスティックワールド』はノヴェラのファンで本当に良かったと納得の行く内容で且つ、私を含めファン誰しもが夢見心地を思い描く会心の出来栄えであった。
 イエスの『イエス・ソングス』、カンサスの『偉大なる聴衆へ』、ラッシュの『神話大全』…等と堂々と肩を並べる位のプログレ系ライヴ・アルバム不朽の名作といっても過言ではないと思う。
 しかし…ロック業界不変の諺“ライヴ・アルバム後のバンドはサウンド・スタイルが大きく変ったり、バンド内部に不和が生じる”の通り、まさしくノヴェラとて例外ではなかった。 
 メインヴォーカリストの五十嵐、そしてジェラルドでの活動が好評だった永川の両名脱退のニュースは、山水館組の脱退そして「最終…」の時以上に衝撃的且つショックですらあった。
 個人的に五十嵐久勝=アンジーさんはジョン・アンダーソン、ピーター・ゲイヴリエル、イタリアはバンコのジャコモおじさんと並んで好きなヴォーカリストだっただけに、尚更ショックだった…。
 多分…大多数のノヴェラのファンはこの時点でバンドは終ってしまったものと確信していたに違いない。
 個人的にもイエスやジェネシスの例だったらまだしも、この日本国内でアンジークラスの新たなヴォーカリストなんて絶対にいないと思っていたのも事実である(申し訳ないが、今でも絶対に無理だと思う!!)。 
 脱退当初、ロッキンfでのインタヴューで五十嵐が「僕とトシが抜ける事でテルの音楽性も新しく変わっていってほしいんです」と答えていたが、余計な詮索みたいで恐縮だが深読みすると、やはり「最終…」での一件が尾を引いていたのではと思うのだが…。 
 五十嵐と永川の脱退後、第3期ノヴェラのスタートから程無くして、平山はソロ第2弾『シンフォニア』(後に自身のプロジェクト・バンド名にもなるが)をリリースするが、ラストの収録曲“イノセンス”はもしかしたらファンタジーを追求してきた今までのノヴェラへの訣別という意味合いが込められたラヴ・ソングだったのかもしれない。 
 もしも永川のみの脱退だけであれば、『ノイの城』にも参加していた仙波基(後にペイル・アキュート・ムーンを結成)を迎えていれば解決出来たものの、それでは以前と何ら変わり映えがしないではないか…当時は平山自身とて相当悩んだに違いない。 
 
 自問自答の末、平山は安易な解決策よりも新しい血を導入して、たとえファンから非難されようともバンドを前進させるという茨のような困難な道を選んだ次第である。
 個人的に言わせてもらえれば平山の当時の思い切った決断は現在でも大いに評価出来ると思う。
          
 宮本敦、岡本優史を加えたノヴェラが残した『ブレイン・オブ・バランス』と『ワーズ』の2枚は当時は賛否両論を巻き起こしたものの、今だったら難なく聴ける秀作だと思う。
 ただ…残念な事に、バンド的にはクオリティーを更に高めたとしてもファンの側が意識と認識を改めなければ失敗作にもなりかねない…そんな危うさをも秘めていた作品であるのも事実(「最終…」よりかは完成度は遥かに高いが)。
 新メンバーを迎えてのレコーディング時に平山氏が「今度のノヴェラはモダンで都会的な作風に仕上がってます。今のノヴェラは以前のノヴェラとは全く違う新バンドなんです。『ロンリー・ハート』のイエスがそうであるように」と答えていたが、その言葉は良くも悪くも当時のファンの心理をも迷わせていた事と思う。
 結局…ファンの側はノヴェラの新たな挑戦を“否”とし、多くのファンがノヴェラから離れていってしまったのは言うまでもなかった。 
  
 バンドの新たな挑戦がファンから拒絶され、結果としてノヴェラは1986年末に解散(自然消滅)してしまい、平山はその後はスローペースながらも、奥方の徳久恵美をヴォーカリストに据えてテルズ・シンフォニアへと活動を移行していく訳だが、個人的には『エッグ・ザ・ユニバース』『ヒューマンレース・パーティー』…とネクサスからリリースされたこの2作品は、あの第2期ノヴェラの『聖域』に次ぐ最高作であると今でもその気持ちに変わりは無い。

 ノヴェラ解散後のメンバー各々の活動はもう既に御周知の通り、平山は自らのシンフォニック・バンドテルズ・シンフォニアへと活路を見い出し、永川はアースシェイカーのサポートメンバーと併行しジェラルドを率いて国内外問わず活躍の幅を広げ、五十嵐は自らのソロ活動並び難波弘之氏と結成したヌオヴォ・イミグラートで自らの音楽世界観を展開するも、1992年平山とかつての盟友大久保寿太郎の一念発起でノヴェラのかつての前身バンドだったシェラザード再結成に五十嵐と永川が呼応し(ドラマーには元ページェントの引頭英明が1stのみ参加し、2nd『All For One』以降から現在までは元スターレスの堀江睦男が担当)、2011年ノヴェラ時代のアンソロジー的な趣=シェラザード時代に書き下ろした曲の再演ともいえる『Songs for Scheherazade』まで順調に活動を継続するも、病に倒れた平山の長期活動休止でシェラザード自体も活動不能に陥り長きに亘って沈黙を守り続けていたが、平山が不屈の精神と気力で漸く復帰を遂げると同時期2017年の4作目『Once More』で不死鳥の如く甦り今日までに至っている。
          
 現時点で時折思い出したかの様に、五十嵐と永川、そして第1期時代の高橋ヨシロウ、秋田鋭次郎、そして山根基嗣の5人で復活ノヴェラ名義としてステージ上で元気な姿を見せてはいるが、肝心要の平山自身はノヴェラ時代にけじめを着けているというべきなのか…表立ってノヴェラ名義での活動に顔を出す事無く、自らが前進する為に敢えて過去を振り返らず訣別したと取る向きが正しいのだろうか、今はただひたすらシェラザードのみの活動に専念し自己進化(自己深化)の歩みを止める事無く邁進している。
 平山照継…彼自身夢織人でありながらも、努力型で勤勉なアーティストであるが故、今もなお自問自答を繰り返しながら自らの音楽人生を謳歌或いは模索しているに違いあるまい。
 それは寡黙である彼自身が黙して語る事の無い…全ては神のみぞ平山のみぞ知るといったところなのかもしれない。

一生逸品 MOONDANCER

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 今週の「一生逸品」は先日のノヴェラと並ぶ秀逸なる存在にして、日本のプログレッシヴ史に於いて同時期の新月と共に70年代終わりから80年代への橋渡し役を担ったと言っても過言では無い…ノヴェラ登場以前より欧州浪漫を謳い大人の為の童話にも似た夢見心地なリリシズムとファンタジーを紡ぎ続け、21世紀に復活を遂げ今もなお聴衆の心を掴み魅了する夢織人“ムーンダンサー”に今再び焦点を当ててみたいと思います。

MOONDANCER/Moondancer(1979)
  1.鏡の中の少女/2.ダディ・マイケルの犯罪/3.銀色の波/
  4.夢みる子供たち/5.アラベスク/
  6.Fly Up ! 今/7.明日への行進/8.薔薇心中/
  9.哀しみのキャンドル
   Part 1:シェレの妖精/Part 2:クリスマス・イブの夜/Part 3:哀しみのキャンドル
  
  厚見麗:Key, Vo
  沢村拓:G, Vo
  下田展久:B, Vo
  佐藤芳樹:Ds, Per

 かつて日本国内を席巻し栄華を極めたGSブームも60年代後期に引き潮の如く終焉を迎え、欧米からの新たな時代のロックの到来と共に右に倣えとばかり、GSから脱却した70年代初頭の俗に言うニュー・ロックへと変遷を遂げたのは周知の事であろう。
 今もなお根強い人気を誇るジャックス始めフラワー・トラヴェリン・バンド、エイプリル・フール、ファーラウト、フード・ブレインそしてピッグといったサイケ、ヘヴィ・ロック、プログレッシヴといった様々な要素を内包した文字通り日本ロックの曙を告げるであろう先鋭的な逸材を輩出した70年代初頭から、プログレッシヴ・ムーヴメントに呼応するかの様にフライド・エッグ、コスモス・ファクトリー、四人囃子、ファー・イースト・ファミリーバンド等が誕生し、その後は歌謡曲やらフォーク=ニューミュージックの波に翻弄され、結局のところ日本のロック(特にプログレッシヴ)はどっち付かずな宙に浮いたままの状態で試行錯誤と紆余曲折を経て70年代後期を迎えつつあったのが正直なところであろう(苦笑)。

 そんなアイドル歌手や軽快なポップスばかりがもてはやされていたであろう日本の芸能界…音楽業界…マスコミ…芸能・音楽事務所、その他諸々といった様々なしがらみやら矛盾に拮抗し、自らの頑なな信念と情熱を武器に対峙し闘いを挑んでいった日本のプログレッシヴも70年代後期ともなると大きな転換期を迎え、欧米のシーンと真っ向から勝負するべく、より以上に自らのアイデンティティーを携えた次世代が誕生したのもちょうどこの頃である。
 難波弘之氏の台頭を皮切りにスペース・サーカス、プリズム、新月、そして今回本編の主人公でもあるムーンダンサーがデヴューを飾った1979年。
 それはまさに80年代手前に差しかかっていた新たな時代への橋渡しとも言える軌跡の始まりでもあった。

 当時まだ弱冠21歳という若さながらも将来が嘱望されていた厚見麗(現、厚見玲衣)を筆頭に、沢村拓、下田展久、そして佐藤芳樹という4人編成の布陣で結成された、後のムーンダンサーの母体とも言えるサイレンなるバンドで幕を開ける事となる。
 厚見自身ビートルズ始めツェッペリン、イエス、クイーン、スパークスといったブリティッシュ・ロックの御大から多大な影響を受けており、結成当初からプログレッシヴ・ロックオンリーというよりも、ブリティッシュ・ロック本来の持ち味をベースにキャッチーなポップさが融合した、当初から彼の音楽嗜好が反映されたややアイドル的なアピール性をも打ち出していたとのこと。
 大昔にロッキンf誌上にて厚見氏と難波弘之氏、そして永川敏郎氏との対談にて、厚見氏の思い出話で「当時僕は西城秀樹と同じ事務所に所属してて、秀樹さんの『YMCA』がメガヒットを飛ばして事務所にも当然莫大な収益が入ってきたんだけど、節税対策として事務所から“厚見、お前欲しい
楽器あるか?”と言われて、即答でハモンドC3、メロトロン、ミニムーグ、ソリーナが欲しいですって言ったら数日後には自分の許に届けられたからそりゃあ驚きだったよ…」と語っており、まさに新人バンドとしては異例の待遇にして幸先の良い恵まれた音楽環境でスタートを切ったと言っても過言ではあるまい。
 サイレンから程無くしてムーンダンサーに改名後、数々の音楽イヴェントやらロックフェス、ライヴ活動、テレビやラジオの音楽番組に出演していたと思われるが、残念ながらデヴュー当時のライヴフォトやら音楽誌等のメディア媒体での告知・インタヴューが極めて少なく、加えて私自身の乏しい知識で現時点で把握している情報・資料もここまでという、我ながら何とも頼りない文章ではあるがどうか御容赦願いたい。
 様々な電波・紙媒体での登場、音楽番組への出演と併行しつつ度重なるリハーサルとレコーディングを経て、彼等は当時ソニーミュージック傘下の新興レーベルALFAから1979年3月にバンド名をそのまま冠したデヴューアルバムとシングル『アラベスク/鏡の中の少女』をリリース。
 個人的な見解で恐縮だが、何と言ってもミュシャの絵画を思わせるアールデコ調な意匠の美しいジャケットは、後年のノヴェラの『魅惑劇』『聖域』、アイン・ソフの『妖精の森』と並ぶジャパニーズ・プログレッシヴ史上1、2を争う素晴らしい出来栄えではなかろうか…。

 瑞々しくも美しいピアノの調べに導かれる流麗なプログレハード・ポップ全開のオープニングから大島弓子風な少女漫画チックで夢見心地なイマジネーションが想起出来るだろう。
 アイドルロックばりなこの手の歌詞や音楽が苦手な向きには理解し難いかもしれないが、かのノヴェラがデヴューする一年前からもう既に先駆けともいえるプログレ・ハードの礎が関東プログレシーンに存在していたという事に溜飲の下がる思いですらある。
 中間部でイタリアン・ロックを思わせるモーグの使い方が、流石プログレ・ファンのツボを押さえていると言っても過言ではあるまい。
             
 ギタリストの沢村のペンによる男と女の哀しみに満ちた愛憎劇を描いた2曲目は、さながら初期ジェネシスのシアトリカルなシチュエーションをクイーン風に表現したと言ったら当たらずも遠からずといったところだろうか。
 ストリング・セクションをバックに配したアコギとエレクトリックギターとのバランス対比が素晴らしい3曲目は個人的に一番好きなナンバーで、淡く切ない初恋にも似た少女的なリリシズムと感傷を湛えた、イタリアのカンタウトーレにも相通ずるものがある愛らしさと優しさに満ち溢れた佳曲と言えるだろう。
 音楽ライター立川直樹氏のペンによる4曲目はややアメリカン・ロック調のイントロながらも、ノヴェラの『パラダイス・ロスト』を連想させるロマネスクな物語性を孕んだプログレ・ハードナンバーが聴き処。
 今やムーンダンサーの代表曲と言っても異論の無い大曲の5曲目は、まるでクリムゾンの「エピタフ」が壮麗で仄明るい希望と慈愛に満ちた物語に変わったかの如き、ニュー・トロルスの『コンチェルト・グロッソ』ばりの怒涛で劇的なストリング・セクションが聴く者の心を打つ、日本のプログレ史上燦然と輝く名曲中の名曲であろう。
 嬉しい事に、そのシングルカットされたヴァージョンの「アラベスク」が唯一映像で見られるフジテレビの某歌謡番組(多分『夜のヒットスタジオ』だろう)の動画があるので、こちらも是非御覧になって頂きたい。
          
 6曲目からラスト9曲目までの(アナログLP盤時代のB面に当たる)流れが特に素晴らしくて、6曲目のプログレッシヴなマインドとリリシズムが疾走するキーボードワークと、聴く者の心の琴線に触れる様な曲作りの上手さに於いて、ここもで来るともはやアイドルロックバンドといった概念やら偏見なんぞ知らず知らずの内に消え失せている事だろう。
 軽快なマーチングに導かれる7曲目は、同時期の新月の「発熱の街角」とはまたひと味違ったサウンドアプローチで、平山照継を思わせる様なギターワークに、トニー・バンクス風な小気味良いハモンドが存分に堪能出来る、文字通りプログレ・リスナーの心をくすぐるであろう好ナンバー。
 “心中”という禁忌なキーワードで物騒な何とも只ならぬイメージを駆り立てる8曲目は、ヘヴィで鬱屈した感のモーグとハモンド、ピアノをイントロダクションに、さながらゴブリンよろしくと言わんばかりなユーライア・ヒープないしイタリアン・ヘヴィプログレテイスト全開の全曲中最もヘヴィ
&ハードなパワフルナンバー。
 薔薇という耽美的な象徴と心中という刹那が隣り合った、背徳的ながらも愛に殉した生命の儚さが伝わってくる。
 「アラベスク」と並ぶ3部構成の9曲目の7分以上に及ぶ大作にあっては、コスモス・ファクトリーの「神話」ばりのコーラスワークに、ジャパニーズ・プログレッシヴならではの哀感たっぷりな泣きのリリシズム、歌謡曲に通ずる歌メロとサビ、ストリングとホーンセクションとが渾然一体となった、まさしく大団円とも言うべきラストに相応しい最高潮な旋律が至福の時間を約束してくれる事だろう。

 しかし彼等の80年代に向けた果敢な挑戦と努力も空しく、夢と浪漫が満ち溢れんばかりに詰め込まれたデヴューアルバムはセールス面での売り上げが思った以上に芳しくなく、当時の新月と同様の憂き目に遭うといった暗澹たる結果に終わり、デヴュー作セールスの次第によっては、かの大御所ミュージシャン兼俳優のミッキー・カーティスをプロデューサーに迎えた2ndも企画されていたとの事だが、万国共通に結果が重視されるメジャーな音楽業界であるが故…蜥蜴の尻尾切りの如く企画は白紙に戻され、ムーンダンサーは極一部のロック愛好家達から高い評価を得ながらも、ほんの僅かな短い活動期間を経て敢え無く解散の道へと辿ってしまう。
 厚見始め沢村や他のメンバーは大御所売れっ子シンガー並びアイドル歌手のバックといった裏方、レコーディングメンバー、セッションミュージシャンへとそれぞれの活路を見出していくものの、プログレッシヴへの希望と夢が諦め切れない厚見と沢村は2年後の1981年、2名のアメリカ人のリズム隊を迎えた混成バンド“タキオン”を結成。
 ムーンダンサーの音楽性を発展させた、中近東サウンドや沖縄民謡音階を取り入れたより以上にグローバルなサウンド展開と拡がりを感じさせるクロスオーヴァー系プログレッシヴを構築するも、悲しいかな当時はさっぱり話題にならず敢え無く短命の道へと辿ってしまう(時代を象徴しているかの様なジャケットワークも災いしたのかもしれない)。
 時代に果敢に挑戦してきた厚見自身もほとほと心身ともに意気消沈にも近い疲弊を感じ、創作活動したりしなかったりの日々を繰り返しながらも、1984年難波弘之率いるセンス・オブ・ワンダーのゲストに招かれ、平井和正原作の『真幻魔大戦』のイメージアルバムに参加。
 以後センス・オブ・ワンダーを経てジャパニーズHM/HRの大御所VOW WOWのサポートキーボーダーとして招聘される。
 私自身のローカルな話で恐縮だが、18歳の秋にVOW WOWの新潟市公会堂ライヴへ足を運んだ際に、その時初めて厚見氏の姿とステージ上のキーボード群とレズリースピーカーに思わず興奮したのを今でも記憶に留めている。

 その後から21世紀の現在に至るまで厚見自身、年に数回に及ぶプログレッシヴ・フェスに招かれたり、プログレッシヴ系からHM/HR系までの垣根を越えた度重なるセッションと自らの創作活動に多忙を極めていたが、夢よ再びと言わんばかりなプログレッシヴ・リスナー達からの機運と復活の声が高まる中、2013年5月18日吉祥寺ROCK JOINT GBにて厚見、沢村、そして下田の3人が再び結集しサポートドラマーを迎えたムーンダンサー/タキオン復活ライヴが開催され改めて演奏クオリティーの高さが実証された。
 まさしく奇跡でも夢でも無い演奏する側も聴き手の側も互いに万感の思いと拍手喝采の感動の波と渦に包まれた最高潮のステージと言っても過言ではあるまい(この吉祥寺ライヴの模様を収録したライヴは、翌2014年秋に2枚組ライヴCDとしてリリースされている)。
           
 さらに翌2014年3月にはジャパニーズ・プログレッシヴファンの念願が遂に実現した、待望のJapanese Progressive Rock Fes 2014が川崎クラブチッタで開催され、この日の為に限定で再結成されたノヴェラ、新月といった同期バンドと共にムーンダンサーも出場し、難波弘之&センス・オブ・ワンダー、そして21世紀ジャパニーズ・プログレの旗手でもあるユカ&クロノシップ、ステラ・リー・ジョーンズと共に川崎の会場を熱気と感動と興奮の嵐に巻き込み、同年5月18日には高円寺HIGHにて再びムーンダンサー/タキオン名義のライヴで更なる健在ぶりをアピールし、同年秋には前述の吉祥寺復活2枚組ライヴと共に、ムーンダンサーとタキオンの唯一作も紙ジャケット仕様CDでリイシューされ(オンライン通販のみのリリース)今日までに至っている。

 鶏が先か卵が先かみたいな喩えで恐縮だが、ムーンダンサーが時代に追い着いたのか…或いは時代がムーンダンサーに追い着いたのかは定かではないものの、才気に恵まれ天才肌のアーティストである一方、不遇と挫折の時代を経験してきた彼等は、大仰な言い方かもしれないが紆余曲折の末に不死鳥の如く甦った、紛れも無く勤勉で努力型のアーティストに他ならないと言えるだろう。
 過去に何度も言及してきた事だが、もしもキング/ネクサスがもう一年早く発足していたら、新月やムーンダンサー等が参入しノヴェラやアイン・ソフと共に日本のプログレシーンを更に盛り上げていたのではと思うのだが如何なものだろうか?
 日本のみならずイタリアやイギリス…その他諸外国の、たった一枚しかアルバムを残せず短命なワンオフバンドとして終えプログレッシヴの歴史に埋もれた幾数多ものバンド達が、21世紀という混迷の時代にこぞって続々と復活・再結成を遂げて新作をリリースしている昨今、金銭絡み云々を一切問わず…ただ単に年老いて人生を終える前にもう一花二花咲かせてやろうじゃないか!という衝動に駆られる熟年世代アーティストがこれからもシーンに返り咲いてくるのだろう(“若いモンにはまだまだ負けてられない!!”といった意地とプライドもあるのかもしれないが)。
 21世紀に再び大輪の花を咲かせたムーンダンサーが、新作リリースを期待する声が高まる中これからどの様な道を模索し、我々の前に今度はどんな新たな創作世界を呈示するのか、今はまだ定かではないが…その答えの鍵を握るのは聴き手である私達とキーパーソンでもある厚見氏であるのかもしれない。
 ムーンダンサーの機は今ここに熟しつつある…。

夢幻の楽師達 -Chapter 25-

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 今週の「夢幻の楽師達」は真冬の厳寒に負けないくらいの熱気を帯びている21世紀イタリアン・ロックから、70年代の抒情とリリシズム、そして邪悪でダークなイマジネーションを湛えたオカルティックなヘヴィ・シンフォニックの伝統と系譜を脈々と受け継ぎ、研ぎ澄まされたインテリジェントを纏った次世代の旗手にして唯一無比の存在と言っても過言ではない“イル・バシオ・デッラ・メデューサ”にスポットライトを当ててみたいと思います。

IL BACIO DELLA MEDUSA
(ITALY 2002~)
  
  Simone Cecchini:Vo, Ac-Guitar
  Simone Brozzetti:El-Guitar 
  Federico Caprai:B
  Diego Petrini:Ds, Per, Key
  Eva Morelli:Flute

 21世紀今日のイタリアン・ロックを担う名匠達…今やベテランの域に達したとも言うべきラ・マスケーラ・ディ・チェラ始め、ウビ・マイヨール、ラ・コスシエンザ・ディ・ゼノ、イル・テンピオ・デッレ・クレッシドレ…etc、etcといった70年代から脈々と流れ続けているであろう、そんなイタリアン・ヘヴィプログレッシヴの伝統を21世紀の現代(いま)に伝えるべく、前述のバンド勢と並び気を吐き続けている新進気鋭の雄という称号すら相応しいイル・バシオ・デッラ・メデューサ(通称BDM)。
 前出のラ・マスケーラ・ディ・チェラと同様、彼等もまた70年代イタリアン・ロック特有の抒情美とリリシズム、更にはかつてのオザンナ、ムゼオ・ローゼンバッハ、イルバレ、ビリエット、セミラミス…等が有していた邪悪なマインドにダークなイマジンの系譜をも脈々と受け継いだ、まさしく“メデューサの接吻”という意のバンドネーミング通り、もう如何にもといった感の正統派のイタリア人の創作するロックなるものを高らかに謳い上げていると言っても異論はあるまい。
          
 世界的規模に席巻していたドリーム・シアターやクイーンズライクといったゴリゴリのプログレッシヴ系メタルや、同じイタリアのラプソディーといったインターナショナル寄りの系列に決して感化されたり染まる事も無く、彼等BDMはあくまで自国のアイデンティティーに根付いた気概とも言うべきプライドと精神を頑なに守りつつ、その精力的にして挑戦的な創作活動を保持しつつ今日までに至っている。

 バンドのルーツは彼等の出身地にして同じ地名を冠したペルージャ大学の学友だった3人の若者達Simone Cecchini、Diego Petrini、そしてFederico Capraiを中心にスタートする事となる。
 彼等3人もまたマスケラのファビオ・ズファンティと同様、70年代イタリアン・ロックが持っていた尊厳や伝統といった王道回帰と復権を目標に2002年9月正式なバンドネーミングで結成し、翌2003年にはDiegoの現在の奥方でもある女性フルート奏者Eva Morelliが加入し、程無くして数々のHM/HRバンドで腕を磨いてきた旧知の間柄のギタリストSimone Brozzettiが合流し、BDMはこうして栄光への階段の第一歩を踏み出したのである。
 バンド結成以降彼等は数々のライヴイヴェントに参加する一方、デヴュー作に向けて度重なるリハーサルを積み重ねていき、翌2004年にサックスとアコーディオンのAngelo Petri をゲストに迎えて、自らのバンドネームを冠した自主製作による待望のデヴュー作をセルフリリースする事となる。
 運命のダイス、カラス、天上界の神々と神殿、絞首台、道化師、黒衣の死神が描かれた何とも意味深なアートワークに包まれた、邪悪でカオス渦巻く独特の世界観は彼等の音楽性を雄弁に物語っており、カラスの不気味な鳴き声に導かれてブラックサバスないしクリムゾンの「21世紀の~」ばりのストレートなハードロックチューンで幕を開けるBDM流儀のヘヴィ・プログレッシヴに、次世代到来を待ち望んだヴィンテージ系嗜好の多くのファンが拍手喝采で讃えたのは最早言うまでもあるまい。
          
 キーボード系の使用頻度が控えめな分、シンフォニックな重量感に欠けるきらいこそあれど、Simone Cecchiniの力強くも激しく、時折カンタウトーレばりのたおやかで故ジャコモおじさんをも彷彿とさせる側面をも垣間見せる表現力豊かな歌唱法に加え、妖艶でモデルばりの美貌と知性をも兼ね備えた紅一点の才媛Evaの存在感がBDMに華を添え、バンドとしても大いに助力・貢献したのは無論であろう。
 同年12月には地元ペルージャにて開催された音楽フェスティバルのロック部門に於いて優勝を収めたのを契機に彼等は更なる大躍進へと歩み出し、セルフリリースながらも高いスキルに加えて録音クオリティーの素晴らしさを物語るデヴュー作の評判は、イタリア全土のみならず欧州各国にまで飛び火するまでそんなに時間を要しなかった。
 年が明けて翌2005年1月、次回作に向けてのバンド強化の為、新たにヴァイオリニストのDaniele Rinchiを迎えた6人編成へと移行し、サックスのパートはEvaが引き続きフルートと兼任する事となり、イタリア国内外でのライヴ・パフォーマンスと新作の為の曲作りからリハーサルとレコーディングに多忙を極めつつも、同2005年12月にフランスのプロヴァンス地方で開催された国際的規模のユーロロックフェスでBDMは更なる脚光を浴びる事となり、その圧倒的な演奏と構成力に聴衆は歓喜と興奮に酔いしれ、彼等の次なる新譜への期待感は否応無しに高まりつつあった。
 翌2006年、イタリアのヘヴィ・プログレッシヴ(+HM/HR系)専門レーベルのブラックウィドウからの打診で、セルフリリースのデヴュー作と込みで次回の新譜をウチから出さないかと持ちかけられた彼等は即決で契約を交わし、4年間もの録音期間を費やした待望の新譜『Discesa agl'inferi d'un giovane amante』(“若い恋人の地獄への降下”という意)なる意味深でダークなタイトル作を2008年ブラックウィドウよりリリース。
 その同年にデヴュー作もブラックウィドウから再リリースされる運びとなり、両作品共に日本に入荷後瞬く間に評判と注目を集めたのは記憶に新しい(無論私自身もそのリアルタイムに入手したクチである)。
 一見するとダンテの「神曲」にも似た地獄の冥府巡りをも彷彿とさせる恐怖と戦慄に満ちたホラーな意匠に、ややもするとヤクラやデヴィル・ドールに近いシリアス寄りな作風を連想するかもしれないが、邪悪なアートワークに相反して、どちらかというと(個人的な私見で恐縮だが)70年代のクエラ・ベッキア・ロッカンダの1stと2ndが持つクラシカルとヘヴィな両方面の良質なエッセンスが融合し、ビリエットが持つアグレッシヴで攻撃的なハードロックの要素が見事にコンバインした様な作風と解釈する向きが妥当であろう。
 ハードロック寄りだったデヴューから格段の成長を遂げ、改めてプログレッシヴ・ロックであるという決意表明とも取れる2作目に於いて、Simone Cecchiniの妖しくも美しく伸びやかなヴォイスを始め、力強いギターとリズム隊の活躍の素晴らしさも含めて、何よりも特筆すべきは前デヴュー作でキーボードが控えめだった分、本作品ではドラマー兼キーボードのDiegoのハモンドとピアノの演奏がかなり前面に押し出されており、それに呼応するかの様に奥方Evaのフルートとサックスが絡んでくる辺りはVDGGかデリリウムを思わせ、新加入のDanieleが奏でるクラシカルなヴァイオリンも負けじと追随する絶妙な様は、あたかも70年代のイタリアン・ロックにタイムスリップしたかの如き錯覚すら覚えてしまう。
    
 余談ながらも2作目のアートワークを見てふと連想したのは、漫画家永井豪の描く「デビルマン」の世界観に似ているということだろうか…。
 前作でのファンタスティックとオカルティックが同居した独特のタッチのイラストレーションを手掛けたのは誰あろうベーシストのFederico Capraiである。
 その彼が描くデヴュー作と2ndの画風からして、多かれ少なかれ日本のコミック…永井豪や石ノ森章太郎、果ては「ジョジョ」でお馴染みの荒木飛呂彦や、日本のジャパニメーションから影響を受けていると思うのだが如何なものであろうか(後日改めてFacebookの友人でもあるFederico本人に聞いてみたいとと思うが…)。

 2ndの評判は上々でバンド自体も決して慢心する事無く精力的にライヴ活動をこなしつつ、多くのファンも次回作への期待が高まりつつあるさ中、4年後の2012年にここでちょっとした驚きのサプライズが発生する。
 ドラマー兼キーボードのDiego Petriniを筆頭に、EvaとFedericoの3人を中心にギター、リズムギター、そして女性Voを迎えた6人編成で、あたかもBDMの別働隊的な新たなプロジェクトスタイルのバンドでもある“ORNITHOS(オルニトス)”が結成され『La Trasfigurazione』がデヴューリリースされたのである(ちなみにアートワークは言うまでもなくFedericoの手によるもの)。
    
 かつての70年代イタリアン・ロックと同様に有りがちな…ややもするとBDMも御多聞に洩れずバンド内での音楽的意見の食い違いといった内紛、分裂、最悪解散という事も懸念され様々な憶測が飛び交う中、そんな根も葉もない噂なんてどこ吹く風の如く別働隊のオルニトスでの活動と同時進行で製作が進められていた3rd『Deus Lo Vult』のリリースに、世界中のファンは心から安堵するのだった。
 Diegoに直接聞いた訳ではないが、多分にしてDiego自身の心の中に溜まっていたプログレッシヴへの更なる探求と欲求を一旦ガス抜きして、BDMでの活動を最良にする為にも大なり小なり自分の我が儘に近いプログレッシヴのスタイルを思い通り演ってみたかったという表れではなかろうか。
    

 話はBDMに戻るが…決して仲違いをしたという訳ではないがヴァイオリニストのDanieleが抜け、バンドは再びオリジナルのメンツによる5人編成に移行しレーベルもブラックウィドウから離れる事となり、改めて再び初心に帰った気持ちで新作録音に臨んだ彼等は、自らのセルフレーベルを興して新たな新機軸を盛り込み、今までのオカルティックとミスティックなバンドイメージから脱却一転し、十字軍の少年兵の悲劇をモチーフにした従来では考えられなかった文芸路線+アカデミックな路線へとシフトする事に成功し、イタリアン・ヘヴィプログレの継承から更に一歩突き抜けた独自のスタイルと作風を開拓する事でバンドの持つイメージを上書きするかの如く別の側面と更なる可能性を見い出していく。
 リリース当初はハードカバー文庫本風な限定版に近いジャケットワークであったが、再プレス以降はベーシストのFedericoが手掛けた、日本の人気漫画+アニメーションでもあるONE PIECEでお馴染み尾田栄一郎氏の漫画を思わせるアートワークに変わっている。

 3rdアルバムリリースからBDMは再び充電期間に近い長期の休止期間に入り、各々が次回作の為の構想を兼ねて余暇を満喫する一方で、4年後の2016年メインヴォーカリストSimone Cecchiniの主導で先のオルニトスに次ぐ第二の別動隊バンド“FUFLUNS(フフランス)”を結成し、ジャケットアートそのまま『Spaventapasseri(案山子)』という一風ユーモラスながらもどことなくホラータッチな雰囲気さえ窺えるBDM系譜ならではの世界観を繰り広げている。
    

 Simone Cecchiniの別動隊バンドの始動から2年後の2018年、BDM待望の通算4作目の現時点での新譜『Seme* (セメと呼ぶ)』のリリースは、前作の文芸大作風な路線から一転し再びバンド結成時の頃を彷彿とさせる原点回帰の初心に還ったダークでヘヴィなハードロックとVDGGやオザンナがコンバインしたかの如き質感を伴ったゴリゴリの硬派路線に立ち返った、まさしくロックのダイナミズムとパワーみなぎる重量感が徹頭徹尾に堪能出来る会心の一作となった。
    
 本作品ではサウンドの強化を図る上で、もう一人の新たなギタリストSimone Matteucciを迎えたツインギターを擁する6人編成となっており、思えば6人所帯のプログレッシヴ・バンドなんて70年代から21世紀の今日まで伝統の如く脈々と流れているという、如何にもイタリアのバンドらしい微笑ましさを感じずにはいられない。
 何よりもアートワークに起用された、何とも面妖で不可解…一見して人間の臓器の一部?はたまた得体の知れない昆虫(○キブリじゃないよね!?)の卵…或いは蛹なのか、様々な嫌な予感というか想像力を掻き立てる意匠ではあるが、リーダーのDiego自身ですらも“さあ…これ何だろうね?”ときっと思わせぶりにほくそ笑んでいる事だろう(苦笑)。
 何はともあれ2004年のデヴューから今年で16年目という、様々な試行錯誤と暗中模索を重ねながらも、今やすっかり貫禄の付いたベテラン選手の域に達したBDMであるが、妥協や時代のトレンドとは一切無縁な絵に描いた様な我が道を迷う事無く邁進する雄姿に、あたかも一種の求道者にも似た面影をも重ねてしまうというのは言い過ぎであろうか。
 彼等の進むべき道…この先如何なる道程と方向性へ展開してくれるのだろうか?
 妖しくも禍々しい世界なのか?詩情溢れるロマンティシズムな美意識なのか?いずれにせよ我々はその姿を刮目し期待を胸に抱きつつ、これからも末永く見守り続けようではないか。

一生逸品 BIGLIETTO PER L'INFERNO

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 今週の「一生逸品」は、70年代イタリアン・ロック黄金時代に於いてひと際異彩を放ち、21世紀現在もなお熱狂的にしてカリスマさながらな人気を誇り続け、近年再結成を果たしながらもイタリアン・ヘヴィプログレッシヴ孤高の雄にして頂と言っても過言では無い“ビリエット・ペル・リンフェルノ”に、今再び栄光のスポットライトを当ててみたいと思います。

BIGLIETTO PER L'INFERNO
 /Biglietto Per L'inferno(1974)
  1.Ansia/2.Confessione/ 3.Una Strana Regina/
  4.Il Nevare/5.L'Amico Suicida/6.Confessione(Strumentale)
  
  Giuseppe“Baffo”Banfi:Key 
  Marco Mainetti:G 
  Claudio Canali:Vo, Flute 
  Giuseppe Cossa:Key 
  Mauro Gnecchi:Ds 
  Faust Branchini:B 

 21世紀の現在もなおカリスマ的人気・絶大なる支持を得ている、イタリアン・ロック界きってのヘヴィ・プログレッシヴの雄ビリエット・ペル・リンフェルノ。
 直訳で「地獄への片道切符」と名乗る彼等の詳しい経歴・バイオグラフィーは、現時点で判明している限りの情報で恐縮だが、1972年にミラノからやや北側に位置する地方都市レッコで活動していたハードロック系の2バンドGEEとMACO SHARKSが翌73年に合体して結成されたもので、イタリア国内で度重なるギグをこなしつつ人気と実力を付けた後、翌年の1974年新興レーベルのトリデントから唯一の作品をリリース。
 デヴュー作リリース以降も更に精力的な演奏活動をこなしつつ、このまま順風満帆な軌道の波に乗って次なる2作目までに漕ぎつけたかと思いきや、肝心要のホームグラウンドでもあったトリデント・レーベルの倒産閉鎖という憂き目に遭い、活動年数もたった僅か1年経過したかしないかみたいな…2作目に向けた録音がほぼ9割方終わっていたにも拘らず宙ぶらりんな状態のまま、メンバーは失意とどん底の狭間に苦悩しつつ解散せざるを得ない状況にまで追い込まれたのは最早言うまでもあるまい。
 名実共に本作品はムゼオ・ローゼンバッハ『Zarathustra』、イル・バレット・ディ・ブロンゾ『YS』と並ぶイタリアン・ヘヴィ・プログレッシヴ系の傑作にして名作であるが、決して技巧的なテクニックを持ち合わせているという訳でもなく、録音状態も時代性背景云々やらお世辞を抜きにしても決してベストとは言えないだろう…。
 にも拘らず、現在でもなお多くの根強いファン並び新たなファン層を獲得し名声を得ているのは、本作品の根底にある邪悪な雰囲気の中にも抒情的な美しさが混在している処にあるのかもしれない。
 それはあたかも…激しくも攻撃的なアグレッシヴさとどこか崇高で浪漫深いリリカルさの二面性を如実に表しているかの様だ。
            
 一部では、昨今のゴシック・メタルないしドゥーム・メタルの元祖的存在と謳われているものの、安易に形を繕った表層的且つ見てくれそのもの的な類よりも、技術的マイナス面を差し引いても彼等の方が数段強い邪悪なインパクト丸出しながらも楽曲的に完成度が遥かに高いのも頷ける。
 余談ながらもイタリア原盤のLPでは全5曲の収録だが、近年のCD化に際しボーナス・トラックとして2曲目“Confessione”のインスト・リミックス・ヴァージョンがラストに収められているが、恐らく当時は大人の事情とでもいうか、収録時間と製作予算諸々等の関係で泣く泣くカットされたものではと推測される。
                     
 本作品収録の全曲とも、ツインKeyが…ギターが…フルートが…リズム隊が互いにぶつかり合い・せめぎ合いながらも、寄せては返す波の如く…押しと引きのバランスが見事に調和しており、いかにもイタリア的なたおやかさと抒情味たっぷりな出だしから、いきなり転調し牙を剥いて襲いかかるかの如くヘヴィで攻撃的、邪悪な雰囲気を醸し出していると言ったらお分かり頂けるであろうか…。
 特にその傾向が顕著に見られる2、3、5曲目は背筋が凍りつく位に震撼し感動・興奮すること受け合いにして聴きものであり、改めてビリエットというバンドの面目躍如にして真骨頂と言えよう。

 ビリエット解体後の各メンバーのその後の動向は、一番有名なところでツインKeyの片方でもあるGiuseppe“Baffo”Banfiが、ドイツのクラウス・シュルツェのレーベルからシンセサイザー・メインのソロを何作か出しスタジオ・ミュージシャンへ転向後、更にはサウンド・エンジニアを経てそれと併行して自らの映像製作会社を設立し現在に至っている。
 もう一人のKey奏者でもあるGiuseppe Cossaは音楽学校で教鞭を取り後進の育成に当たっており、ギタリストのMarco Mainettiは音楽業界から身を引いてコンピューター・エンジニアへ、ベーシストのFaust Branchiniはバンド解体後一時兵役に就き、除隊後幾つかのジャズ・グループに参加するも現在はすっかり音楽界から身を引いて音信普通との事。
 ドラマーのMauro Gnecchiは今もなお現役のジャズドラマーとして、PFMのフランコ・ムッシーダのソロに参加したり数々のジャズセッションに参加している。
 そしてビリエットの邪悪な部分の要ともいえるClaudio Canaliに至っては1990年近くまで音楽活動していたとの事だが、現在は音楽界のみならず俗世間からも離れて、何とも実に意外な転身を遂げキリスト教会の修道士として布教活動に勤しんでいるというから意外といえば意外である。
 かつては“地獄”やら“邪悪”をテーマに謳って(歌って)いたClaudio自身がよもやその真逆ともいえる神に仕える神父として従事しているのだから、改めて人生や運命とはどこでどう転ぶか解らないものである。
 余談ながらも…デヴュー作のジャケットでペインティングされた飛び上がる男のフォトグラフのモデルは、かのClaudio自身であるという事も付け加えておかねばなるまい。

 かつては…入手が極めて困難で、幻のレーベルからのまさに幻と伝説的(カリスマ的)な存在とまで言われた彼等ではあったが、バンドそのものが既に消滅し不在と言われながらも、現在までもなお燻し銀の如く光り輝き私達をも惹き付けているその魅力とはいったい何であろうか…? 
 トリデント・レーベルに唯一の作品を遺し解散してから18年後の92年には、かのお蔵入りしていたままの幻の2nd音源がメロウレーベルの尽力により『Il Tempo Della Semina』なるタイトルでCDリイシュー化され、それと前後してビリエットのファン・クラブの手により、本作品もリミックス・リマスタリングされジャケも若干装いを新たにLP盤による再発を遂げている。
    
 その後、未発の2作目と同様にデヴュー作もヴァイニール・マジックからもCD再発され、2作品共後々年数と回を重ねる度にデジタルリミックス→紙ジャケット→SHM-CDへと移行し時代にマッチした音質として改善・向上され、果ては先のファン・クラブが中心になって…1st~2ndからの選曲+未発表曲も含めた、当時の秘蔵ライヴ映像・未公開映像・プロモ云々を収めたCD+DVDボックスもリリースされており、それらの作品媒体がリリースされる度に時代を超えて新たなファン層をも開拓し増やしているといった様相を呈している。
 ちなみに、そのCD+DVDボックスのビデオ撮影はKey奏者だったGiuseppeが一切合財手掛けたものである。
 終わることの無い伝説に拍車が掛かり、熱狂と興奮の坩堝はラブコールとなって彼等の復帰再結成の原動力へと変わり、カムバックに必要な時間を要としなかったのは言うまでも無い。
 2010年の幕開けと共に届けられた再結成の復帰第一作でもある『Tra L'Assurdo E La Ragione』は、かつての主力メンバーだったGiuseppe“Baffo”Banfi始め、Giuseppe Cossa、Mauro Gnecchi3人を核に、女性ヴォーカリストのMariolina Salaを含む新メンバーを加えバンド名を装いも新たにBIGLIETTO PER L'INFERNO.FOLKと改名し、イタリア北部地方のトラッド・ミュージックのエッセンスと往年のヘヴィ・プログレを融合させた、21世紀に相応しい新機軸を打ち出している。
 更にはかつてのヴォーカリストで現在修道士に勤しんでいるClaudio Canaliが緊急ゲスト参加し、彼のペンによる新曲及び未発曲が収録されているのも実に興味深い…。
    

 5年後の2015年には前作のメンツだったMariolina Sala、Giuseppe Cossa、Mauro Gnecchiに加え、オリジナルヴォーカリスト兼フルートにClaudio Canaliが正式に参加し、多数ものゲストプレイヤーを迎えた現時点での新作『Vivi. Lotta. Pensa.』をリリース(バンドネーミングも再びビリエット・ペル・リンフェルノ名義に戻している)。
 収録されている曲の大半がかつてのナンバーのセルフリメイクで占められており、時代の変遷と共に幾分穏やかになった感を与え、かつての邪悪さこそやや薄れたものの、そのカラフルながらも毒々しい胡散臭さを思わせるアートワークの意匠に、イタリアン・ロック40年選手らしいプライドと底力が垣間見れて、新旧アーティストが混在している今日のイタリアのシーンに於いてもその異色たる健在ぶりを示しているのが実に嬉しくも頼もしい限りである。
    

 この本文を御覧になっている方々…並び地獄への片道切符を手にした者、そして地獄への入り口に魅入られた者…ビリエット・ペル・リンフェルノの描く地獄絵図の如き音の迷宮世界は、麻薬に溺れる危険な魅力にも似た、時代と世紀を越えた決して終わる事の無い無限地獄の回廊へと続き、これからも聴く者の脳裏に漆黒の闇と禁忌でエロスな時間と空間を刻み付けていく事だろう…。

夢幻の楽師達 -Chapter 26-

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 2020年の年明けから実に早いもので1月も終盤となりました…。
 今月最終週の「夢幻の楽師達」は、今冬の寒暖の差が曖昧といった…そんな今ひとつスッキリとしない空模様と空気を拭い払うかの如く、一服の清涼剤を思わせる大草原の爽やかなそよ風と牧歌的なハーモニーと旋律に彩られた、ブリティッシュ・シンフォニックで唯一無比にして夢見心地なリリシズムを歌う申し子と言っても過言では無い“ソルスティス”の道程を、今再び辿ってみたいと思います。

SOLSTICE
(U.K 1980~)
  
  Andy Glass:G,Vo
  Mark Elton:Violin,Key,Vo
  Mark Hawkins:B
  Martin Wright:Ds,Per
  Sandy Leigh:Vo

 70年代の終焉から80年代の幕開けにかけて、イギリスのロックシーンはアメリカと同様御多分に漏れずヒットチャートを賑わす作品ばかりが主流を占め、パンク、ニューウェイヴを経て後にNWOBHMを合言葉にHM/HRが席巻する事となったのは言うに及ばずといったところであろう。
 「産業ロック」…いつしかそんな代名詞が使われ始めた当時、そんなシーンの土壌という背景のほんの僅かな一片で、かつて栄華を極めたであろう…70年代プログレッシヴ黄金時代の名残と伝承を受け継ぐかの様に、夢と栄光よ再びとばかりに勃発した俗に言う“ポンプロック・ムーヴメント”は、多方面で物議と賛否を醸しながら幾数多もの出来不出来を問わずにジェネシス・クローンのオンパレードを輩出していったのだった。
 代表格のマリリオン始めパラス、ペンドラゴン、トゥエルフス・ナイト、IQ、後々にキャスタナークやアベル・ガンズ、ギャラハッド、ジャディス、そして最近のシーヴス・キッチン、クレドといった系譜へと至る次第であるが、ポンプ勃発期当時のそのクオリティたるや、未熟で未完なレベルというレッテルを貼られながらも、メタルを主力セールスにしていた大手のレコード会社はあたかも暴挙とも言えそうな見切り発車ないし新人の青田刈りを思わせるメジャーデヴューで、あたかも伝統のブリティッシュ・プログレッシヴを地に落としていた、何とも失笑というか嘆かわしい汚点を残す事となったのは言うまでもあるまい(それでも、当時のIQやペンドラゴンなんかは割と健闘していた方だと思う)。

 さて、そんな軽薄短小に満ち溢れた当時のメジャーな音楽シーンやら満身創痍なポンプロック・シーンを尻目に、安易な商業路線の思惑と商魂に決して染まる事無く、良くも悪くも“物真似レベルな寄り合い”の中で、一種異彩を放っていた独自の路線と作風を頑なに貫き通した彼等ソルスティスは、1980年にオックスフォードとケンブリッジとのほぼ中間の丘陵地に面した町ミルトン・ケインズにてリーダー兼ギタリストでもあるMark Eltonを筆頭に結成され、度重なるメンバーチェンジを経て数々のデモテープ作品を自主製作しつつ地道なライヴ活動が実を結び、1984年に『Silent Dance』で静かに且つ厳かにデヴューリリースを遂げた次第である。
          
 美麗でカラフルな曼陀羅模様の意匠ながらも思想的なコンセプトに裏打ちされた、当時に於いても珍しい見開きLPジャケットに内側がマザーグースを思わせる画集さながらという、良い意味で往年のプログレ・ファンの心理を巧みに突いた、イエス+ルネッサンス×ブリティッシュ・フォークといったサウンドスタイルにヴァイオリンをフィーチャーしたオリジナリティ重視の唯一無比な音世界は、ポンプロックを敬遠毛嫌いしていた往年のプログレッシヴ・ファンからも温かく迎え入れられ、渾身のデヴュー作も今や名作・名盤の名に恥じない1枚として名声を高める事となる。

 静かながらも衝撃とも言えるデヴュー作の余波は続き、いつしか早く次回作を…といった声も多方面で寄せられていたのも紛れも無い事実であった。
 だがファンの期待を他所に、引き潮という代名詞の如く彼等はデヴューから暫く10年近くもの沈黙を守り続ける事となるが、彼等の音に魅せられた私を含めた多くのファンの誰しもが“解散”という二文字を思い浮かべた事であろう。
 しかし…それは杞憂にしか過ぎなかったという言葉通り、ファンの心配と不安を打ち消すかの様に1992年漸くソルスティスは活動を再開し、一年間の録音期間を経てカナダのプログレッシヴ・インターナショナルなるマイナーレーベルからリリースされた93年の第2作目『New Life』は、前作からの期待に違わぬクオリティーを保持したまま良心的で且つ目くるめく素晴らしい世界観を鮮やかに奏で、彼等は90年代でもまた再び返り咲いたのである。
    
 2作目のメンバーは主要格のMark EltonとヴァイオリニストのAndy Glassを除き、リズム隊とヴォーカルが交代し、ベースにGraig Sunderland、ドラムにPete Hensley、そして女性VoがHeidi Kempとなっており、何と言ってもこの作品から後々ライヴでの定番ともいうべき“Morning Light”と“New Life”という二つの名曲が生まれた事を忘れてはならないだろう。
 バンドはその後4年の充電期間を経て、1997年に第3作目の『Circles』をリリース。
 AndyとMark、Graigを除きバンドはまたしてもメンバーチェンジを経て、現在に至るソルスティスの歌姫を務める事となる3代目ヴォーカリストのEmma Brown、そしてドラマーにはジェスロ・タルやスティーヴ・ヒレッジ・バンドにも参加していた大ベテランのClive Bunkerを迎え、結成当初含めデヴュー以降長年培われた初志貫徹ともいうべき純粋無垢な気高い精神と吟遊詩人にも相通ずる詩情と歌心が一切損なわれる事無く、デヴュー作そして前作以上に東洋思想と哲学・瞑想を内包した音世界が発露昇華した決定版ともいえる内容に仕上がっている。
    

  バンドはこのままの布陣で上昇気流に乗って来たる21世紀まで辿り着くのかと思いきや、またしても10年以上に亘る長き沈黙期間に入り、今度ばかりは誰しもが“解散”という二文字を信じて疑わざるを得なかった。
 そしていつしか彼等ソルスティスの名前は、半ば伝説に近い存在として忘却の彼方へと消え去りかかっていたのもまた然りであった。
 その間にも、彼等がリリースしてきた全作品が(デヴュー作を除いて)デザインを一新し、更には未発音源やデモ音源、果てはBBC音源にライヴを収めたDVDを加えた2枚組というヴォリュームに改訂され、ソルスティスの存在がますます伝説と化すのが風前の灯火といった感だった…。

 しかし彼等はファンを裏切ったり見捨てたりする事無く『Circles』から13年後の2010年、遂に彼等は長い沈黙を破り待ちに待った全世界のファン待望の新作『Spirit』を携えて、再び21世紀のプログレッシヴ・ムーヴメントに帰ってきたのである。
    
 本作品では長年苦楽を共にしてきたヴァイオリニストのMarkが抜け、唯一のオリジナルメンバーとなったAndyを筆頭に、3代目歌姫のEmma、そして新たに女性ヴァイオリニストのJenny Newman、Pete Hemsley(Ds)、Steve McDaniel(Key)、Robin Phillips(B)を加えた6人の新布陣で臨んだ通算4作目にして21世紀最初の彼等の音世界は、Markという主要メンバーが去った事に決して臆する事無く、デヴュー以来常に前向きに取り組んできた“ソルスティスの音”たるこだわりと真摯なひたむきさ・情熱が結実した、ブリティッシュ・プログレッシヴというアイデンティティーとケルトへの回帰をも垣間見せる、彼等の全作品中最高潮に達したスキルの高い内容を誇っている。
 3年後の2013年には現時点での新作に当たる通算5枚目の『Prophecy』をリリースするものの、その何ともマーベルないしDCを連想させる様なアメコミチックな意匠にファンは驚きというか閉口したのは言うに及ぶまい(苦笑)。
 アートワークこそやや商魂見え々々な趣と思惑は否めないが、作品内容そのものは従来通りのソルスティス・サウンドが存分に堪能出来るのがせめてもの救いであろう…。
 嬉しい事に本作品では3曲ものボーナストラックとしてデヴューアルバムに収録されていた名曲“Earthsong”始め“Return of Spring”、“Find Yourself”が再録されており、彼等の音に初めて触れるであろうリスナー諸氏にとっても格好の良い入門編として聴けるのが喜ばしい限りである。
       

 結成から今年で早40年…彼等の歩みは今日に至るまで決して平坦な道程では無かった筈。
 考え、悩み、迷い、時に苦しみ時に傷つきながらも、現実と自らの世界観・理想との狭間で自問自答を何度も繰り返してきたに違いあるまい。
 故に、こんな混沌とした先の見えない不安だらけの21世紀の現在(いま)だからこそ、彼等の音楽が根強く支持され心の理想郷と安息のひと時を求める人達の為に在り続けるのであろう。
 デヴュー作以来一貫してジャケットが「輪廻転生」を意図した意匠というのも、地球愛にも通ずる人類の魂…そして彼等の音も未来永劫生き続ける願いそのものなのかもしれない。
 かく言う私自身、人生を全うするまでソルスティスの音楽にこれからも末永く付き合っていけたらと思う。

一生逸品 MAINHORCE

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 今月最終週の「一生逸品」、今回は若干視点を変えて一人の音楽家として…ミュージシャン…キーボード奏者といった多方面の顔を持つ不世出のアーティストでもあるパトリック・モラーツに着目し、彼が青春時代に携わった初めてのロックバンドとして世に躍り出た、栄えある伝説の名バンドとして21世紀の今もなお賞賛・支持されている“メインホース”に、今ひと度輝かしき栄光のスポットライトを当ててみたいと思います。

MAINHORCE/Mainhorce(1971)
  1.Introduction/2.Passing Years/
  3.Such A Beautiful Day/4.Pale Sky/
  5.Basia/6.More Teavicar/7.God
  
  Patrick Moraz:Key, Vo
  Peter Lockett:G, Violin, Vo
  Jean Ristori:B, Cello, Vo
  Bryson Graham:Ds, Per 

 個人的な話で些か恐縮だが…時々思い返すかの如くイエスの『リレイヤー』をライヴラリーから引っぱり出しては、改めて何度も々々々聴き繰り返してる度毎に、初代のトニー・ケイ始めリック・ウェイクマン、そしてジェフリー・ダウンズといったイエスというバンドの歴史に携わってきた名立たるキーボーダーに於いて、たった一作のみとはいえパトリック・モラーツほど異彩(異才)を放った逸材は他に類を見なかったのではと思えてならない。
 ウェイクマンにはほぼ皆無だったジャズィー寄りなアプローチにパーカッシヴな鍵盤群の使い方…もうそれは明らかにモラーツ自身が触発されたキース・エマーソンへのリスペクトにも似通っていて、極端な話『リレイヤー』でのアプローチはさながらキースがリックを真似てイエス・サウンドを試みたらああなったというのは穿った見方であろうか…。
 前置きはさておき…肝心のパトリック・モラーツである。
 モラーツ自身の出自に関しては様々な方面や音楽誌で既に触れられているので、ここでは敢えて重複を避けておきたいところだが、もう一度改めておさらいするという意味合いで恐縮ではあるが、手短かに触り程度で留めておきたい。
 1948年6月24日スイスのモアゲスで生を受けたモラーツは幼少の頃からクラシック音楽に慣れ親しみ、スクール時代の少年期から音楽の才能を開花させ、ピアノの上達と共にめきめきと地元で頭角を表すようになったという。
 その一方でスイスの山々を大好きなスキーで滑走し転倒して大怪我したり、50年代に流行ったローラースケートで転倒し指を負傷したりと、おおよそピアニストには向いてないであろうやんちゃな側面をも覗かせていたというから、運命なんてどこでどう転ぶか解らないものである(苦笑)。
 二度に亘る腕と指の故障やアクシデントで、ピアノを弾く事すらも絶望的だという周囲の声なんぞ何処吹く風、持ち前の負けん気で怪我をも克服し、以前にも増してピアノや音楽への情熱を高めていったのは言うには及ぶまい。
 クラシック畑からジャズへ移行し、スイス国内外での様々なジャズ・フェスティバルに出演する一方、映画やテレビ、演劇といったミュージック・コンポーザーとして活躍し、モラーツ自身若かりし当時はヨーロッパ諸国でかなりの知名度と注目を集める事となる。
 60年代半ば世界中を席巻したビートルズの余波はスイスにも波及し、モラーツ自身創作意欲の場をロック・フィールドへと活路を見い出し、学友だったJean Ristoriに旧知の間柄だったPeter Lockettを伴って、一念発起でブリティッシュ・ロック黎明期の熱気と興奮で色めき立っていたイギリスへと渡英。
 渡英間もなく音楽的な方向性で意気投合したBryson Grahamを迎え入れ、1968年モラーツ最初期のロックバンドでもあるメインホースはこうして産声を上げる事となる。

 ヨーロッパ諸国のみならずアフリカやインドでも演奏を含めた創作活動で既に高く評価されていたモラーツありきの甲斐あって、イギリスポリドールのフロントマンの目に留まったメインホースは程無くしてアルバム製作の契約を交わし、1971年バンド名を冠したデヴュー作で70年代ブリティッシュ・ロックシーンに躍り出る事となる。
 時代の空気感を反映させながらも、サイケデリック、スペースロック、果てはアートロックといったエッセンスを内包しつつ、更なる一歩抜きん出たプログレッシヴでハードロック寄りな作風を打ち出して、トラディッショナルでどこか土臭さすらも感じられた同時期の英国産プログレッシヴ・アンダーグラウンドのバンドとは一線を画した、まさしく洗練性と斬新感すら垣間見える驚愕で画期的な内容を誇る一枚へと昇華させていったのは、もはや説明不要であろう。
 モラーツを含めた新人同然の彼等が構築した初々しくも若々しい感性が発露したデヴュー作は、驚くべき事にポッと出のバンドのデヴューに有りがちな未熟で稚拙な感が微塵も感じられない位、文字通りの完全無欠な必聴必至な一枚へと仕上がり具合は上々であった。
 モラーツのキーボードワークの素晴らしさも然る事ながら、PeterやJeanがメインの楽器から持ち替えて演奏するヴァイオリンやチェロの巧みさも、決して一朝一夕では成し得ない位に本作品の完成度に貢献し大いなる助力となったのは紛れも無い事実と言えるだろう(GGほどの技量や技巧的では無いにしろ、大なり小なりGGの方法論を意識していた部分はあったのかもしれない)。
          
 怒涛の如く雪崩れ込むオルガン・ヘヴィロックで幕を開けるオープニング、エマーソンばりの早弾きハモンドに度肝を抜かされPeterの攻撃的でテクニカルなギターが実に痛快で小気味良いパワフルでアグレッシヴなロックンロールに、イエスの「錯乱の扉」で聴かれた緻密で複雑なキーボードワークとは作風から気色に至るまで根本的に全く180度違った印象をリスナーに与える事だろう。
 しかしこれが何とも戸惑い云々といった概念を超越して実に素晴らしいのだから、モラーツの才能の引き出したるや奥が深いというか底知れない実力には感服する事しきりである。
 オープニングの衝撃から一転してブリティッシュ然とした抒情的なオルガンにヴァイオリンとチェロとのアンサンブルが美しいメロウでクラシカルなスローバラードの2曲目に至っては、彼等のデヴュー当初からのキャッチフレーズともなった“オーケストラ・ロック”と呼ばれる所以がここにあると言っても過言ではあるまい。
 攻撃的で重戦車ばりなドラミングに導かれユーライア・ヒープをも彷彿とさせるヘヴィ・ロックが存分に堪能出来る3曲目も実に印象的である。
 クラシカルな中にプログレッシヴなデリケートさを醸し出したオルガンワークに加えて、Peterのギターの暴れっぷりといったら、メインホースというネーミングの如し暴れ馬のイメージをそのまま踏襲したバンドとしての面目躍如が際立った、時折聴かれるポップなメロディーラインが心地良いハードロックな秀作に仕上がっている。
 2曲目に匹敵するであろう哀愁のリリシズムに満ちた4曲目のバラードも良い出来栄えである。
 オルガンと弦楽器に加えてモラーツのチェンバロが追随し、ここでもPeterのギタープレイが冴えまくってて泣きのメロディーラインのツボを熟知した心憎い演奏には脱帽の一語に尽きる。
 中間部のサイケでスペイシーなキーボードに、時代が持つ大らかな空気感というか雰囲気が楽曲に幻想的な色彩を添えているという点でも忘れてはなるまい。
 ジャズィーな佇まいのエレピとアコギのせめぎ合いも聴き処である。          
 軽快で幾分都会的なセンスとグルーヴ感すら漂っているブリティッシュ・オルガンポップスが染み入る5曲目、“ダバダバダ~♪”という歌い出しに、その時代ならではのヴォーカルスタイルに微笑ましさすら感じられる。
 ここでもサイケデリックでスペース・アートロックなオルガンが顔を覗かせる辺り、彼等は大なり小なりフロイドへのアプローチをも意識していたのだろうか。
 収録されている全曲中唯一インストナンバーの6曲目は、フランス映画のワンシーンの劇伴でも使われそうな小粋でお洒落で、ややセンチメンタルで哀愁に彩られた甘いメロディーが胸を打つ事必至である。
 ジャズの素養を兼ね備えたモラーツならではのオルガンとグロッケンシュピールが聴き手に不思議な余韻を与えてくれるのも特筆すべきであろう。
 読んで字の如し…神々の領域に挑んだともいうべきラストの大曲に至っては、シンセサイザーとオルガンによる荘厳な中にも眩い神々しさと天上界の浮遊感すら想起させる音宇宙に、メリハリの効いたヘヴィでストレートなシンフォニック・ロックとの対比が絶妙な均衡を保っており、けたたましい雷鳴と共に幕を下ろすといったアルバムの大団円に相応しいドラマティックな神話世界を織り成している。
 デヴューを飾るに相応しい最高の自信作を引っ提げてイギリスとヨーロッパツアーを敢行し精力的なギグをこなしつつも、モラーツを始めとするスイス人メンバーと唯一イギリス人のBrysonとの国籍上云々が絡んだワーキング・ビザを含めた諸問題がバンドを悩まし、滞在期間等のアクシデントやらすったもんだの挙句バンドとしての機能が破綻すると同時に、メインホースは人知れず敢え無く解散への道を辿る事となる。
 余談ながらも一時期、演奏技量を巡ってやや自信過剰気味なモラーツやPeterとリズム隊との間でバンド内格差(早い話…モラーツやPeterの存在が鼻に付くといったところだろうか)から端を発した喧嘩別れでバンドが解散したなどとといった根も葉もない噂が囁かれていたが、後年になってそれは全くのデマである事が判明した事を付け加えさせて頂きたい。

 ここからは駆け足ペースになるが、メインホース解散後のモラーツのその後の動向にあっては既に周知の通り、元ナイスのLee Jacksonからの招聘でジャクソン・ハイツに加入するも、ナイスの栄光よ再びというLee Jacksonの発案でBrian Davisonが呼び戻されモラーツを擁したトリオバンドのレフュジー結成へと至る。
 推測ではあるがやはりLee自身心の片隅にEL&Pへの対抗意識があったのだろうか…。
 一見ビージーズを思わせる商業路線風なジャケットさえ目を瞑れば、モラーツの才気が活かされた作品の内容自体非常に素晴らしくて非の打ちどころがないものの、リリース元のカリスマレーベルの予想に反して売れ行きは伸び悩みセールス面でも振るわなかったが故にレフュジーはたった一枚のアルバムを遺して解散。
 その後はイエスに参加し『リレイヤー』で驚愕のプレイを披露し、モラーツ自身の知名度を一躍高めた契機へと繋がるのは言うまでもあるまい。
 グレーを基調としたジャケットアートを含め作品自体賛否両論を呼ぶものの、モラーツなりに一生懸命精力的にイエスの一員として務めた事は大いに評価して差し支えはあるまい。
 その後初のソロアルバム『The Story Of I』が高い評価を受けた事を機にイエスを抜ける事となったものの、当初は「お前さぁ、それって契約不履行じゃねえかよ!」とクリスに散々罵倒されたそうな(ちなみにモラーツ自身イエス内で一番ソリが合わなかったのはクリスだったそうだ)。
   
 前出のソロ作品『The Story Of I』を皮切りに、イエス脱退後の1977年に2枚目のソロ作品『Out In The Sun』をリリースしキーボードソロイストとして確固たる地位を築き、このまま地道且つコンスタンスに自らの道を歩むのかと思いきや、今度はマイク・ピンダーが抜けた後釜としてムーディー・ブルースの一員として迎えられ、1981年アメリカで驚異的なメガヒットとなった『Long Distance Voyager』の成功へと貢献し、以後83年の『The Present』を経て1991年までソロ活動と併行してムーディーズに在籍し、バンドを離れてからは自身のソロ活動並びビル・ブラッフォードとのコラボレーション作品…等を経て今日までに至っている(ちなみに近年はドラマーのGreg Albanとのコンビによる2015年リリースの『MORAZ ALBAN PROJECT: MAP』である)。

 ところでモラーツ以外のメインホースのメンバーの動向だが、学友時代から長年苦楽を共にしてきたJean Ristoriはバンド解散後モラーツのサポートメンバーに転向し、彼のソロ作品『The Story Of I』並び『Out In The Sun』のエンジニア兼プロデューサーとして参加。
 現在はジャズ畑で、エンジニアリングとして多忙を極めているとの事。
 ドラマーのBryson Grahamは後期のスプーキー・トゥースに参加した事で知られており、80年代以降も様々なジャンルの垣根を越えて今もなお精力的に多方面で活躍している。
 惜しむらくは名ギタリストとしての栄光まで一歩手前までだったPeter Lockettの消息が未だに解らない事であろうか…。
          
 モラーツの音楽人生に於いて数奇な運命を辿った70年代ではあったが、巷では未だに冷やかしにも似た“プログレッシヴ業界のお助けマン”などと揶揄されているものの、それこそが彼自身相応の天賦の才能があればこそと誇らしく思えてならない。
 絶えず笑顔でマイペースを貫き通し我が道を邁進する彼の真摯な姿勢に、我々リスナーはこれからも心から惜しみない拍手を贈り続けて行く末を見守り続けていこうではないか。
 最後に…もし仮に目の前にモラーツがいて“あなたにとってメインホース時代は?”と訪ねたら、「まあ…若かったからねェ…。」と一笑に付されるのがオチなのだろうか。

Monthly Prog Notes -January-

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 2020年最初の「Monthly Prog Notes」をお届けします。

 今回は新年の門出に相応しいベテランと新進気鋭揃い踏みの強力なラインナップが出揃いました。
 今やフラワーキングスのロイネ・ストルト、或いはスティーヴ・ハケットやニール・モーズと肩を並べる位のシンフォニック・ロックマイスターに成り得たと言っても過言では無いウクライナのAntony Kalugin率いる“カルファゲン”通算11枚目の最新作は、名実共に21世紀プログレッシヴの先鋒を担うであろう順風満帆の気運と上昇気流の波に乗った充実感溢れる好作品に仕上がっています。
 オランダからは待ちに待った期待の新星降臨ともいえる久々のニューカマー“ジャンクション”の登場です。
 2017年のデヴュー作と共に日本に初到着した昨年末リリースの2枚目は、前デヴュー作よりも格段にパワーアップした、往年のダッチプログレッシヴが持つ伝統…人懐っこくてホットな雰囲気が感じられるクラシカルで良質なポップス感に加え、ソリッドで且つエッジの効いたハードでシンフォニックな風合いは、今日の凡庸なメロディック・シンフォとは一線を画した光と煌きすら覚えます。
 北欧と西欧とが隣り合ったデンマークからも期待の新星“フォール・オブ・エピスティーム”がめでたくデヴューを飾りました。
 ブリティッシュ・プログレッシヴの大御所並びカナダのサーガから多大なる影響を受けたシンフォニックでキャッチーなメロディーラインは、21世紀ネオプログレッシヴでもありメロディック・シンフォニックの範疇ながらも、どこかしら懐旧の佇まいと相まって70~80年代イズムの作風をも偲ばせる、メンバー各々がバンドを結成する以前に培われた長い音楽経験を物語る燻し銀の如き渋さと魅力を纏った注目デヴュー作です。
 新たな一年の幕明けを告げる、秀逸で荘厳なる楽師達の魂が響鳴し感動的な旋律を謳い奏でる夢舞台に暫し時間を忘れて身を委ねて頂けたら幸いです。

1.KARFAGEN/Birds Of Passage
  (from UKRAINE)
  
 1.Birds Of Passage (Part 1)
  a)Your Grace/b)Against The Southern Sky/c)Sounds That Flow/
  d)Chanticleer/e)Tears From The Eyelids Start (Part 1)
 2.Birds Of Passage (Part 2)
  a)Eternity's Sun Rise/b)Echoing Green/
  c)Showers From The Clouds Of Summer/d)Tears From The Eyelids Start (Part 2)
 3.Spring (Birds Delight) ※Bonus tracks
 4.Sunrise ※Bonus tracks

 2019年の幕明けに2枚組超大作『Echoes From Within Dragon Island』をリリースし、多分その後は次回作の為の準備期間で膨大なる時間を費やすであろうと思っていた矢先、昨年末に突如青天の霹靂の如くにリリースされた、ウクライナ・シンフォニックの筆頭格にして21世紀プログレッシヴの牽引をも担うカルファゲン通算11作目の新譜が到着した。
 余計なお世話ながらも、あまりにハイペースな半ばやっつけ仕事とでも言うのか突貫工事にも似た新作リリースに、作風のレベル低下をも懸念する向きは否めないが、そんな外野の杞憂や取り越し苦労なんてどこ吹く風の如く童話の絵本を思わせるファンタジックで美麗な意匠も然る事ながら、過去の作品と同等(同等以上)クオリティーの高さは今作も不変であり、ヘンリー・ワーズワース・ロングフェローとウィリアム・ブレイクの詩をコンセプトに、Antonyのキーボードワーク始め、女性Vo、ギター、アコギ、リズム隊、ヴァイオリン、フルートやバスーンの管楽器パートに至るまで、ウクライナという異国の香りを湛えつつもインターナショナルに視野を向けたメロディーラインとリリシズムが絶妙な音空間を醸し出しており、かつてのトレースの『鳥人王国』にも匹敵するシンフォニーを構築している。
 Antony=カルファゲンが織り成す音の夢幻世界が、願わくばこのまま未来永劫果てしなく続いていってほしいと私を含めた世界中のファン誰しもが希望する限り、彼等の旅路が終わる事だけは決してあってほしくは無いものだ…。
          

Facebook Karfagen
https://www.facebook.com/Karfagen-310288492361822/

2.JUNXION/Stories Of The Revolution
  (from HOLLAND)
  
 1.Polyalphabetical Substitution Cipher/2.Epiphany/
 3.Compulsion To Psychogenesis/4.Breaking Waves(Bonus track)

 突如オランダのシーンより彗星の如く登場し、一躍次世代のダッチシンフォニックを担うであろう期待の新星として昨今注目を集めているジャンクションの、本作品は昨年リリースされたばかりの2作目に当たる新譜である。
 2017年のデヴュー作『Inevitable Red』と共に最近入荷され、彼等が創造する音世界並びYoutubeに於けるヴィジュアルセンスに触れられた方々も多い事だろう。
 どこか斜に構えた視点とニヒリズムで人と社会に対し啓蒙と警鐘を提唱しつつ、ヘヴィでハードなソリッド感と硬派で正統なユーロシンフォニックとが共存した唯一無比なサウンドワークは、21世紀ネオプログレッシヴという範疇でありながらも、凡庸なメロディック・シンフォとは決して交わる事無くあくまで一線を画した独自の道を歩む潔さと決意表明すら垣間見えて、一筋縄ではいかない曲者感有り気な姿勢に好感を覚えてしまう。
 プロフィールフォトからしてメンバー全員まだ30代前後の若手世代かと思えるが、キーボードにギター、リズム隊という基本的な4人編成で、2人の女性ヴォーカリストとチェリストをゲストに迎えたスタイルで、今風でポップがかった線描画のアートワークに一瞬戸惑うものの、意表を突いた予測不能な展開と曲作りの上手さに驚愕する事必至であろう。
 彼等然り若手のプログレッシヴ系アーティストがこれからも道を繋ぎ続ける限り、オランダのシーンの前途はまだまだ眩く輝き続けるであろう。
          

Facebook Junxion
https://www.facebook.com/JunXionNL/

3.FALL OF EPISTEME/Fall Of Episteme
  (from DENMARK)
  
 1.Love Will Stay/2.Experience Oblige/
 3.Accelerator/4.Punchline/5.Invisible Crusader/
 6.Guiding Star

 グレーカラーに彩られた終末世界観さながらの意味深なシチュエーションのアートワークが、彼等の音世界を雄弁に物語っていると言っても過言ではあるまい。
 フォール・オブ・エピスティームと名乗るデンマークから登場の、久々に骨のある有望で秀逸なニューカマーが昨年デヴューリリースを飾った本作品からは、ブリティッシュ・プログレッシヴ界の大御所並びカナダのサーガといった影響下が窺えて、21世紀という時流相応のスタイリッシュで且つメロディアス&キャッチーなフィーリングの作風ながらも、メンバー各々バンド結成以前より培われた長年の音楽経験が裏打ちされているだけに、曲調の要所々々からどこかしら懐かしさにも似た70~80年代イズムの息遣いや佇まいが偲ばれて、流石に一朝一夕では為し得ない燻し銀の様な渋みと深さが堪能出来る齧り聴き厳禁な秀作に仕上がっている。
 ジャーマン系やポーランドのメロディック・シンフォといったシンパシーにも相通ずる哀愁と抒情性が作品全体を色濃く染めており、物悲しさと仄かな光明が同居した筆舌し難いサウンドスカルプチュアを織り成している。
 15分超の5曲目の大作含め全曲総じて素晴らしいが、やはり管弦セクションをバックに切々と謳い上げるバラード調のラストナンバーが胸を打つ。
 時代や世紀がどんなに移り変わろうとも、やはり悲哀感と激情あってこそのユーロ・プログレッシヴであると改めて痛感してならない。
          

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