一生逸品 CHERRY FIVE
4月終盤に差し掛かり、あれだけ咲き乱れていた桜花もいつの間にか…というかあっという間に散ってしまい、気が付けばツバメが宙を舞い、薫る風と色鮮やかな新緑の映える初夏へと、言わずもがな季節の移り変わりの早さに身も心も付いて行けないといった感の今日この頃です。
コロナ禍の規制緩和に伴い、日本全国の観光・行楽地で3年振りのGW大移動が見込まれ、海外への渡航も再開されるといった、コロナ禍以前の人々の流れが漸く戻りつつあるさ中、世界的な視野に目を向ければ…未だ終結の兆しすら見えないウクライナ情勢始め、スーダン紛争、ミャンマーの政情不安といった暗澹たる現実を思えば、素直には喜べずやり切れない様なもどかしい思いと溜め息すら出てくるのが正直なところです。
音楽や芸術・文化に国境は無いとは思いつつも、結局は独裁国家云々やら内戦と紛争に踏みにじられ押し潰されるのだろうか…と悔しくもあり苦々しくも思えてなりません。
それでも「止まない雨は無い」の言葉を信じ続けて、いつかは明るい兆しが訪れる事を願いつつ、今は兎に角前だけを向いて行こうと思います。
今月の「一生逸品」は漸くというか…遂に待ってましたと言わんばかりな真打登場の言葉通り、デヴューから21世紀の今もなおイタリアン・ホラームービーを彩る立役者と言っても過言では無い名匠ゴブリンの前身バンドとして知名度を誇りつつも、ブリティッシュ・プログレッシヴスピリッツにイタリアン・ロックの熱いパッションを兼ね備えた、徹頭徹尾その比類無き完成度で絶大なる人気と支持を得ているもう一つの名匠“チェリー・ファイヴ”に今一度栄光のスポットライトを当ててみたいと思います。
CHERRY FIVE/Cerry Five(1975)
1.Countory Grave-Yard
2.The Picture Of Dorian Gray
3.The Swan Is A Murderer (Part 1)
4.The Swan Is A Murderer (Part 2)
5.Oliver
6.My Little Cloud-Land


Tony Tartarini:Vo
Massimo Morante:G
Claudio Simonetti:Key
Fabio Pignatelli:B
Carlo Bordini:Ds, Per
今を遡る事1977年…。
「決して一人では見ないでください…」という恐怖心を煽り立てる様なキャッチコピーで、一躍全世界的メガヒットとなったイタリアン・ホラー映画の最高傑作『Suspiria (サスペリア)』にて、その凄惨で残虐ともいえる映像世界を彩り、観る者に感情移入すらも与えない…極めて無機質で且つ冷酷無比な殺戮を礼賛するかの如き音楽で一躍時の人となった、イタリアン・ロック界の名匠としてPFM、バンコ、ニュー・トロルス等と共に数えられているゴブリン。
その当時某映画専門誌にて、コンピューターを駆使して如何にして人の心に不快な思いと恐怖心を与えられるか分析して楽曲を創り出したとコメントを寄せていたとの事だが、彼等の才能からしてコンピューター抜きでも充分に怪奇性とオカルティズムを醸し出していたが故、サスペリアのサウンドトラックなんぞ朝飯前だと思えるのだが、いずれにせよ真偽の程は定かではあるまい…。
そもそもゴブリンというバンド名義のデヴュー作が、1975年のサスペンスホラー映画のサントラ『Profondo Rosso (サスペリア2/赤い深淵)』でもあり、公開の順序こそ逆であるがサスペリアの記録的興行収入で気を良くした当時の配給会社が二匹目の鰌よろしくとばかりに、75年にイタリア国内で公開された件の「Profondo Rosso」をサスペリア2なんぞと安易な邦題で公開したのが運のツキだったのかもしれない。
いずれにせよ『Profondo Rosso』と『サスペリア』の両作品でメガホンを取ったイタリアン・ホラーの巨匠ダリオ・アルジェント監督の手堅く妥協の無い演出に加えて、ゴブリンの中枢を担ったClaudio SimonettiとMassimo Moranteによる共同作業が、映像的にも音楽的にも互いの相乗効果を高めたことは紛れも無い事実と言えるだろう。
前置きがゴブリン関連に重きを置き過ぎて、すっかり当の主人公チェリー・ファイヴから脱線してしまったが、改めて本篇に戻りたいと思う。
80年代、マーキー誌のイタリアン・ロック集成にてゴブリンの前身バンドとして初めて紹介されて以降、そのベールが謎に包まれていたチェリー・ファイヴではあるが、悲しいかな1985年にキングのネクサス・インターナショナルシリーズで国内盤リリースされた際も、内ジャケットにはヴォーカリストのTony TartariniとドラマーのCarlo Bordiniのみの写真だけという、他のメンバーにあってはあたかも正体不明といった扱いだったのが些か寂しい限りだったのを記憶している。
それでも21世紀になって漸くバンドの構成とバイオグラフィーが判明し、以前の様な幻クラスなバンド扱いされる不遇と不憫さが解消されたのは何よりであるが…。
1971年、かのオスカー・ワイルド作による怪奇小説譚『ドリアン・グレイの肖像』からバンド名を冠したIL RITRATTO DI DORIAN GRAYで音楽人生をスタートさせたClaudio Simonettiであるが、当初は70年代のロックバンドのカヴァーをメインに5人編成で活動していたものの、Claudio自身も言わずもがな全世界規模で人気を席巻していたEL&P=キース・エマーソンに触発・刺激され、後にゴブリンのメンバーとなるドラマーのWalter Martino、そしてクエラ・ベッキア・ロッカンダの名作2nd『Il Tempo Della Gioia (歓喜の時)』に参加する事となるベーシストMassimo Giorgiによるトリオ編成に移行し、以降プログレッシヴな音楽性を踏襲した路線へと歩んで行く。

結成当初はプロモーション用も兼ねてポスタースチールを撮ったり、IL RITRATTO DI DORIAN GRAY名義でデモ音源も収録していたとの噂もまことしやかに流れたものだが、結局のところ単なる噂・デマの域だという説が正しい向きとの見解である。
無論、正真正銘にマスター音源が見つかって正規に商品化され流通ともなれば、イタリアン・ロック史上に残る大事件になるのかもしれないが…。
あと一歩のところで世に出る筈だったIL RITRATTO DI DORIAN GRAYも、結局メンバー間の音楽性の不一致だったのか、如何なる理由かは定かではないがバンドは程無くして解散という憂き目に遭い、Claudio Simonetti自身も盟友だったWalter Martinoと袂を分かち合った後、Carlo Bordiniが在籍していたOLIVER (オリヴァー)なるバンドに加入する運びとなる。
Carlo Bordini自身も、イタリアン・ロック史上数々のレアアイテムを世に送り出したかの悪名高きRCAイタリアーナから、1973年にルスティチェッリ・エ・ボルディーニのデュオ名義で、名作にして傑作でもある唯一作『Opera Prima』をリリースした後、デュオ解消から次なる方向性を模索している内にOLIVERへと参加する運びとなった次第である。
Claudio Simonetti、Carlo Bordini、そして後年Simonettiと共にゴブリンの中枢を担う事となるギタリストMassimo Morante、そして同じくゴブリンのベーシストを務める事となるFabio Pignatelliを擁したOLIVERは73年から74年にかけて渡英し、活動の拠点を一時イギリスに移し数多くものギグをこなしデモ音源のレコーディングに勤しむ日々を送ることとなる。
それまでもイギリス人のヴォーカリストを迎えて活動していたものの、母国のイタリアに戻る頃には改めて現地のヴォーカリスト探しに奔走することとなり、結果イタリアEMIから唯一作を遺して解散したルオヴォ・ディ・コロンボのヴォーカリストだったToni Giontaこと本名Tony Tartariniをヴォーカリストとして迎え入れ、1974年映画のサウンドトラック専門の大手CINEVOXと契約し、バンド名も装い新たにチェリー・ファイヴとしてデヴュー作に向けてレコーディングを開始。
翌1975年にアルバムプレスし、一年待たされた後の1976年に漸く市場に出回る事となるが、その一方で1975年にClaudio Simonetti、Massimo Morante、Fabio Pignatelli、そして久々の合流となったWalter Martinoによる新バンドとしてゴブリンが派生し、同時進行で前出のサスペンスホラー映画『Profondo Rosso』のサントラという形でデヴューアルバムをリリース。
その結果映画の興行収入もゴブリンのデヴューアルバムも大ヒットとなり、チェリー・ファイヴはゴブリンとの差別化が図られていた事に加えて、極端にプレスした枚数が少なかったが故、さほどそんなに大きな話題になる事も無く、ゴブリン成功の陰であたかも隔たれた形で泣く泣く自然消滅への道を辿る事となる…。
本篇主人公であるにも拘らず、バンド内から派生したゴブリンの成功の陰で栄光の陽の目を見ること無かったチェリー・ファイヴではあったが、75年に遺した唯一作の完成度は (Claudio SimonettiとMassimo Moranteの大いなる貢献度こそあれど) 、兎にも角にも徹頭徹尾無駄な捨て曲一切無しの、完全無欠で最高傑作級の一枚であることだけは断言しておきたい。
確かにイタリアン・ロック独特の香りや匂いこそ微塵にも感じられず、ムゼオやイルバレ、ビリエットといったダークなカオスとエナジーを帯びたイタリアン・ヘヴィプログレッシヴと比較してしまうと、深みと重量感に欠けるきらいといった欠点こそあれど、その英語の歌詞を活かさんが為に敢えてブリティッシュナイズされた軽快且つライトでシャープな、ある意味ロック本来の醍醐味を思い切り全面に押し出した作風には拍手喝采を贈らんばかりである。
そう思うと…チェリー・ファイヴは意図してイタリアよりもイギリスでの成功を夢見て活動していたのではと思えてならないのは的外れであろうか。
彼等の紡ぎ出す音楽性にはイタリアン・ロックよりも、むしろイエス、EL&P、ジェネシス、果てはGGや母国イタリアのPFMからの影響がかなり占めているのは明白であり、当初から世界的視野を狙っていたフシが無きにしも非ずと思えてならない。
ゴブリン節とは似ても似つかない軽快なロックサウンドがグルーヴする冒頭1曲目に於いて、もう既にチェリー・ファイヴの術中に嵌まるリスナーが多くなること請け合いであろう。
ブリティッシュ・スピリッツ全開のハモンドにメロトロン、そしてモーグが幾重にもせめぎ合い、ギターとリズム隊が絡む様は、幾数多ものイタリアのバンドとは差別化を図ったであろうイギリスの血脈と翳りすらも禁じ得ない。

2曲目の大曲にあっては、Claudio Simonetti自身が世に出せなかったバンドIL RITRATTO DI DORIAN GRAYへの意趣返しというか恩讐にも似た感情の発露とも言えるべき意味深なナンバーで、オスカー・ワイルドが創作した怪奇浪漫をそのまま音象化させたSimonettiのプログレッシヴ・スキル全開ともいえる珠玉の名曲。
2部形式の3曲目と4曲目も聴き処満載で、軽快でけたたましく打ち鳴らされるパーカッションを合図に、高貴で格調高くも野心に満ちたハープシコードが印象的な好ナンバーで、3曲目の終盤で不気味な女性コーラスとホラーなチェレステが不穏な雰囲気を醸し出している部分にも着目して欲しい。
この辺りのくだりは後々『Profondo Rosso』や『サスペリア』の映像場面でも聞かれるのでお忘れ無きように…。
不気味なパートでフェイドアウトしたかと思いきや、再び不気味パートからフェイドインしてくる4曲目の冒頭から、覆い被さってくるかの如くプログレッシヴでハードなチューンが乱入してくる辺りは何とも小気味良くて爽快ですらあり、聴き手側でもある私自身も実に頭の下がる思いですらある…。
5曲目のへヴィ・プログレッシヴでリリシズム溢れるナンバーに溜飲の下がる思いに捉われつつも、続くラスト6曲目のナンバーの大団円に向けた柔軟性と豪胆さ、緩急を上手く使い分けたメロディーラインの目まぐるしくも複雑怪奇に入り組んだ、まさしく“雲の王国”という名に相応しい荘厳なる無限回廊に聴き手側の皆さんも抜け出せなくなること必至であろう。
感動の余韻に包まれたエンディングを迎えたかと思いきや、咳払いをした演奏家がピアノを弾き始めた瞬間に後ろから拳銃で頭を撃ちぬかれるという凄惨且つショッキングな結末で幕を下ろすところは、後のゴブリンへのアイディアへと繋がるみたいで何とも興味深い。
後年に於いて成功への道を邁進するゴブリンの快挙を余所に、残されたCarlo BordiniとTony Tartariniは茫然自失とまではいかないにせよ、暫く音楽界並びイタリアン・ロックシーンの表舞台から遠ざかり、長きに亘る沈黙を守り続ける事となるが、80年代半ばから後期にかけてのイタリアン・ロックリヴァイバル勃発の波に呼応するかの様に、チェリー・ファイヴが遺した唯一作の評価も鰻上りに高まりつつ、90年代…そして21世紀の今日に至るまでゴブリンとは全く切り離された形で、チェリー・ファイヴ復活再結成への気運が満ちて来たのをこれ幸いとばかりに、Carlo BordiniとTony Tartariniの2人を中心に新たなキーボーダーにギタリスト、ベーシストを迎えた新生チェリー・ファイヴとして2015年に再復活を遂げる事となり、同時に実に40年ぶりの2ndの新作『Il Pozzo Dei Giganti』をリリースし、40年前の前デヴュー作から一転イタリア語の歌詞を全面に押し出した、まさしく70年代ヴィンテージ感満載な正統派イタリアン・ヘヴィプログレッシヴの王道を地で行く新作に世界中の聴衆は歓喜に沸き、彼等の第一線への帰還に心から惜しみない拍手を贈ったのは言うに及ぶまい。


2015年の復帰から早いもので8年経過したが、その後の彼等の動向が伝わって来ないのが些か寂しい限りではあるが、そんなさ中に舞い込んできた名ドラマーCarlo Bordiniによる新たなるプロジェクトとして昨年の2022年キーボーダーのGianluca De Rossiと共にデュオを組んだDE ROSSI E BORDINIを立ち上げ、同時期にプロジェクト名を冠した新作の発表に、全世界中のイタリアン・ロックファンは大いに沸き度肝を抜かされた事だろうか…。
これこそがまさしくチェリー・ファイヴの次なる新作への布石へと繋がっていくであろうことを、もはや私自身信じて疑わない。
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