幻想神秘音楽館

プログレッシヴ&ユーロ・ロックという名の夢幻の迷宮世界へようこそ…。暫し時を忘れ現実世界から離れて幻想と抒情の響宴をお楽しみ下さい。

一生逸品 CAMPO DI MARTE

Posted by Zen on   0 

 6月最初の「一生逸品」は、名作・名盤大多数を誇るイタリアから、まさに知る人ぞ知る存在にして、ジャケットの奇異で珍妙な意匠で今までに正当な評価を得る事無く、音楽性とその完成度、作品の内容の素晴らしさが見過ごされてきた…まさしく伝説的でもあり悲劇的な存在にして名匠の称号を欲しいままにしてきた“カンポ・ディ・マルテ”が70年代イタリアン・ロック黄金期に遺した唯一作に、改めて今一度輝かしき光明を当ててみたいと思います。


CAMPO DI MARTE/Campo Di Marte(1973)
  1.Primo Tempo 
  2.Secundo Tempo 
  3.Terzo Tempo 
  4.Quarto Tempo 
  5.Quinto Tempo 
  6.Sesto Tempo 
  7.Settimo Tempo
  
  Enrico Rosa:G, Mellotron, Vo
  Alfredo Barducci:Horn, Flute, Key, Vo
  Richard Ursillo(Paul Richard):B, Vo
  Carlo Felice Marcovecchio:Ds, Per, Vo
  Mauro Sarti:Ds, Per, Flute, Vo

 時代や世紀を問わず古今東西、そして音楽的なジャンル問わず奇妙奇天烈で珍妙なジャケットアートなるものは実に数多く存在するもので、有名な音楽評論家並び音楽ライター諸氏の言葉を借りれば…改めてレコードジャケット+ジャケットアートとはその創り手側の音楽世界の代名詞にして顔的な役割を果たしていると言っても過言ではあるまい。
 ことプログレッシヴ・ロックに限定した話…私自身の乏しい記憶やら数少ない情報で思い起こしてみれば、ヴァニラ・ファッジのKey奏者マーク・スタインが結成したった一枚のみを遺したブーメランの原始人ジャケットといい、フランス(モナコ公国)出身のエドルスのデヴュー作の初回LP盤に至っては間違いだらけな日本のイメージがそのまま反映されてて、あまりに褒められたものではない悪趣味満載な意匠にはもはや怒りすら通り越して苦笑いせざるを得ない。
 奇妙奇天烈ではないが思わず“ビージーズかよ!”とツッコミたくもなるレフュジーの唯一作、安易なAOR感覚満載なEL&Pの『ラヴビーチ』といった類も、当時のアートディレクターに対し何を意図としたのか?どういう発想なのか?はたまた何を血迷ったのか?と疑問すら投げかけたくもなる(苦笑)。
 まあ…兎にも角にもサウンドの構成面やら完成度は素晴らしいのに、どういう訳かジャケットで損をしているといった具合にトホホな作品とは結局いつの時代に於いても不変であるあるなのだと言い聞かせるしかあるまい。

 前置きが長くなったが、今回本篇の主人公でもあるカンポ・ディ・マルテも、些かトホホで残念感満載のジャケットであるにも拘らず、70年代イタリアン・ロック史にその名を刻む伝説的な存在へと後年から現在今日までに知らしめているのは最早言うには及ぶまい。
 大航海時代の中南米のインディオか、はたまた異国の地の大道芸人なのか…傍から見れば“びっくり人間大集合”と言わんばかりな、様々なイマジネーションをも想起させる奇異で珍妙を通り越した意匠(本作品のライナーを執筆した宮坂聖一氏の言葉を借りれば、古代トルコの傭兵が描かれたとの事)で、1973年にデヴューを飾った彼等カンポ・ディ・マルテではあるが、ジャケット云々はともかく肝心要な音楽性に至ってはかのRDM始めアルファタウラス、果てはリコルディ・ディファンツィア…等に匹敵するであろう重厚で硬派なヘヴィ・プログレッシヴを構築しており、戦争の愚かさを皮肉った題材を扱ったものの当時は難解な手合いを敬遠するレコード会社とかなり揉めたらしいそうな(歌詞の差し替えやら何度も録り直しを要求されたらしい)。
 結成の経緯に至っては些か不明確であるが、1971年のイタリアン・ロック黎明期のさ中彼等の活動拠点でもあったフィレンツェにて、イタリアとデンマークを往復しセッションマン兼コンポーザーとして活動を行っていたギタリストのEnrico Rosaを中心に結成され、ドラマー兼フルート奏者のMauro Sarti、音楽院にて正規の教育を受けていたキーボード兼管楽器担当のAlfredo Barducci、アメリカ生まれでPaul Richard という変名でクレジットされているベーシストの本名Richard Ursillo、そしてリズムの強化を図る為にイ・カリフィに在籍していたドラマーCarlo Felice Marcovecchioを迎えたツインドラムを擁する5人編成でカンポ・ディ・マルテは幕を開ける事となる。
 ツインドラムという異色さも然る事ながら、結果的に片方のドラマーMauro SartiはAlfredoと共にフルートパートとして専念出来るというタナボタみたいなポジションに落ち着く事となる。
 バンドネーミングの由来は諸説あるが、古くはマーキー誌面にてローマ神話に登場する農耕と戦の軍神マールスを奉ったフィレンツェのマールス広場(おそらくはカンポ・ディ・マルテ庭園)から取られたものと推定される(余談ながらもフィレンツェにはカンポ・ディ・マルテなる地名と駅名もちゃんとしっかり存在している)。 
          
 決して一朝一夕ではない名うてのプレイヤー達がこぞって集結しただけあって、リコルディやヌメロ・ウーノといったイタリア老舗大手レコード会社ではない外資系のUNITED ARTISTSとの契約はむしろ必然的といっても異論はあるまい。
 前出で歌詞の差し替えやら作品の方向性を巡ってレーベルサイドとすったもんだがあって、楽曲の完成から録音に至るまでかなりの歳月と時間を要する事となったが、元々ロックをベースにクラシックとジャズ…等といった様々な音楽的素養を融合させたいという意向で始められたバンドであったが故、メンバー間との衝突や軋轢は殆ど無く、時間をかけて製作した甲斐あってバンドサイドとしてはほぼ満足のいく出来栄えであったと言えよう。
 アーティストサイドには誠に申し訳無いが、本来ならイタリアのヴァイニール・マジックないしマーキー/ベル・アンティークからリリースされたCDを基に、曲順改変(アーティスト側の意向に沿った形で本来の曲順に戻されたのは既に御周知であろう)されたヴァージョンで綴っていきたいところであるが、ここはあくまで1973年リリース当時のオリジナルLP原盤の曲順に立ち返るという意味で各曲を紹介していきたい。
 重ねてオリジナルLP盤の曲順と、曲順改変されたヴァージョンのCDとを聴き比べてみて、何故曲順が変ったのかと推察してみるのも一興であろう。
          
 冒頭1曲目のブリティッシュナイズながらもイタリアン・スピリッツ全開なギターとオルガンのヘヴィなリフに、思わず握った拳が熱くなりそうなパワフルで力強い…緩急自在で押しと引きとのバランスの対比が絶妙なまさしくオープニングを飾るに相応しい、カンポ・ディ・マルテの世界観を雄弁に物語っている一方で、後半部にかけてのオザンナやチェルベッロばりの妖しげで幻惑的なフルートの音色とアヴァンギャルドに転調する終盤も聴き逃せない。                 
 2曲目、アコギとフルートに追随するかの様にフレンチホルンが絡む何とも穏やかで牧歌的、平和でのどかな光景が目に浮かぶ様な小曲に心癒される思いに捉われてしまう。
 静寂から徐々にけたたましくかき鳴らされ、あたかもフリップ御大ばりなギターの即興に導かれる3曲目にあっては、ヘヴィとリリシズムとが互いにせめぎ合いながらも、哀感漂うピアノが実に効果的で歌心と情感溢れるヴォーカルとの相乗効果を醸し出し、ダイナミズムでクラシカルな曲想に転ずると同時にピアノ、ハモンド、そしてメロトロンとのアンサンブルが何とも実に心地良い佳曲。
 クラシカルでバロックさながらの教会音楽風ハモンドが心の琴線に触れる4曲目にあってはまさしく溜飲の下がる思いですらある。
 オルガンの荘厳な余韻を残しつつも3曲目のリフレインが再び被さり、一瞬の静寂を経てアコースティックギターの独奏で第一幕が終わりを告げる。
 LP原盤の旧B面に当たり、さながら第二幕の始まりを告げるであろう5曲目はアコースティックギターとフルートによる中世宮廷音楽ないし初期ジェネシスやフォーカスをも彷彿とさせ、草原の香りと温かな微風すら想起させるイマジネーションを湛えた前半部と、GGやPFMばりのプログレッシヴな変拍子が展開されるハモンドにメロトロン、フルートとの後半部がとても素晴らしいの言葉に尽きるのはいた仕方あるまい。    
 突如メロディーの破綻と共に5曲目が断ち切られたかと思いきや、絵に描いた様なイタリアン・ロックさながらなイントロがミステリアスに絡み付く6曲目へと繋がって、GGがヘヴィプログレッシヴへと転じた様な曲構成の中で厳かに響き渡るフレンチホルンとフルートが、かの後年のマクソフォーネをも連想させる辺りは流石にイタリアン・ロックが為せる技であると感服しきりである。
 中盤にかけてのクリムゾンとオザンナばりのヘヴィで且つミステリアスさを醸し出したジャズィーな隠し味も聴き処であるといえよう。
 ラストで聴けるテープの逆回転をも思わせるフルートとメロトロンフルートとの妖しげな調べが不穏な雰囲気を醸し出している。
 最後の7曲目は時代感を湛えたギターが怒涛の如くに雪崩れ込んだかと思いきや、小気味良いリフレインと複雑に入り組んだ音の迷宮とが互いに交錯し、さながら終焉に向けてのカタストロフィーとシンフォニーが一点に集約されるかの如く大団円を迎えるかの様相で、カンポ・ディ・マルテが紡ぎ出すシニカルでリリカルな音世界はこうして幕を下ろすのである。

 こうしてめでたくアルバムデヴューを飾った彼等ではあったが、リリースと前後して数回のギグを行いつつも、これといってさっぱり話題に上る事無く、レコード会社のプロモート不足が災いしてか決定的なヒットに結び付く事無く、メンバー側もほぼカンポ・ディ・マルテでの活動意欲が薄れてしまうばかりか、悪い事は連鎖的に重なるもので、デヴュー作と同時期に収録していたシングル曲も、次回作の為に録音していたマスターテープも会社側が望む音楽性の相違とセールス云々が望めないという安易な理由でお蔵入りとなってしまい、リーダーのEnrico自身もほとほと愛想が尽き果ててしまい、失意を抱いてバンドの解体を決意…結果的に活動の拠点と生活の居をデンマークへと移し、カンポ・ディ・マルテはそのあまりに短い活動期間に幕を下ろす事となる。

 時代は移り変り、80年代から21世紀の今日に至るまでイタリアン・ロックやプログレッシヴ・ロックを巡る周囲とそれを取り巻く環境が激変し、いつしかカンポ・ディ・マルテが遺した唯一作もジャケは最悪だが音楽性はずば抜けて素晴らしいという評価だけが独り歩きし、1985年前後にイタリア現地にて大量に発見されたカンポ・ディ・マルテの唯一作がマーキー運営のワールド・ディスクでリーズナブルなレギュラープライスで流布され、彼等の評価は瞬く間に鰻上りに上昇し、その後90年代になると先にも触れた通りイタリアのヴァイニール・マジックから、バンドサイドの意向を汲んだ本来の曲順に改変されたリイシューCDが全世界に流通し、73年当時に正当な評価が得られないまま苦汁を舐めさせられたカンポ・ディ・マルテは、かくしてムゼオやイルバレ、RDM…等と並ぶ名匠として確固たる評価と地位を得られるまでに至った次第である。
         
 デンマークへと拠点を移したEnrico Rosaはその後北欧諸国にてソロアーティストとして多大なる成功を収め、クラシック始め、ジャズ/クロスオーヴァーの分野で精力的な活動を経た後、劇場や舞台関連の音楽監督にも就任し、ジャンルを問わず多岐に亘るセッション活動に勤しむ一方、2001年には細君のEva Rosaと共にプロジェクトを編成し、そこから派生した形でEnricoとEvaを中心にカンポ・ディ・マルテを2003年に再結成し、オリジナルメンバーだったドラマー兼フルート奏者のMauro Sarti(一時期ベラ・バンドにも在籍し素晴らしい作品をリリースしている)を再び呼び寄せ、新たなキーボーダーとベーシストを迎えて限定された期間ながらもイタリアはトスカーナ地方で再結成ライヴを敢行し大成功を収めている(その時の模様を収めたライヴと、73年当時の音質粗悪なライヴが2枚組のカップリングCD『Concerto Zero』としてリリースされている)。
 ベーシストだったRichard UrsilloはPaul Ursilloと改名しセンセーションズ・フィックスを結成、もう一人のドラマーだったCarlo Felice MarcovecchioもPaulに誘われバンドに参加している。
 残る一人のAlfredo Barducciは残念ながら現時点に於いて消息は解らずじまいであるのが、何とも悔やまれてならない…。

 最悪でセンスが疑われるといった珍妙なジャケットアートが災いし、悪評ばかりが先行して正当な評価すら得られなかった彼等ではあったが、もしこれがUNITED ARTISTSではなく、リコルディやヌメロ・ウーノ、フォニット・チェトラ、果ては悪名高きRCAからリリースされ、それ相応のプッシュやプロモートが得られていたなら彼等の命運や道程も変っていたのかもしれないが、それでも彼等は孤高なる道を突き進み…試行錯誤でもがき苦しみながらも自らの手で栄冠を掴み取っていたのかもしれない。
 カンポ・ディ・マルテがまだ活動を存続させ、虎視眈々と新たなる次回作に向けてのリハーサルを行い、マテリアルを構想中なのであれば、私達は彼等を信じ続け今はただ黙って何も言わず静かに見守り続けていくしかあるまい…。
 夢や希望はまだまだ終わりそうもない…これからも未来永劫続くのであろう。
スポンサーサイト



Zen

Lorem ipsum dolor sit amet, consectetur adipiscing elit, sed do eiusmod tempor incididunt ut labore et dolore magna aliqua. Ut enim ad minim veniam, quis nostrud exercitation.

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

該当の記事は見つかりませんでした。