一生逸品 RACCOMANDATA RICEVUTA RITORNO
8月最初の「一生逸品」は、70年代イタリアン・ロックシーンに於いてたった一枚の唯一作を遺しつつも、混迷と混沌の21世紀真っ只中の今もなお熱狂的にしてカリスマ的な支持と根強い人気を誇る邪悪なるイタリアンダークサイドとカオスを謳い戦慄(旋律)を奏で、麻薬の如き妖しき音色で聴衆を魅了する“ラコマンダータ・リチェヴータ・リトルノ”に、今一度眩い栄光のスポットライトを当ててみたいと思います。
RACCOMANDATA RICEVUTA RITORNO
/Per…Un Mondo Di Cristallo(1972)
1.Nulla
2.Su Una Rupe
3.Il Mondo Cade (Su Di Me)
4.Nel Mio Quartiere
5.L'Ombra
6.Un Palco Di Marionette
7.Sogni Di Cristallo


Luciano Regoli:Vo, Ac‐G
Nanni Civitenga:G
Stefano Piermarioli:Key
Francesco Froggio Francica:Ds
Manlio Zacchia:B
Damaso Grassi:Sax, Flute
今から3年前の2017年の夏、日本に吹き荒れたイタリアン・ロックドリームの魔法と幻想の時間…70年代イタリアン・ロック全盛期の一時代に携わったレジェンド達、或いは巨匠にして猛者達だったチェルベッロ、デリリウム、セミラミス、そして今回本篇の主人公でもある通称RRRことラコマンダータ・リチェヴータ・リトルノが、あの当時の熱気と感動と興奮を引っ提げて我々の眼前で奇跡の公演を繰り広げようとはいったい誰が予想し得たであろうか。
RRR結成への経緯に関しては現在もなお不明瞭なところが多々あるものの、概ね判明されているエピソードとしてヴォーカリスト兼アコギのLuciano Regoliが、かのゴブリンないしチェリー・ファイヴの伝説的前身バンドだったIL RITRATTO DI DORIAN GRAYに在籍しClaudio Simonettiと共に
活動していたとの事。
その後Lucianoはバンドと袂を分かち合い、IL RITRATTO DI DORIAN GRAYはSimonetti主導でEL&Pに触発されたキーボードトリオスタイルに移行するも惜しむらくは一枚も作品を遺す事なく解散したのが悔やまれる。
話は戻ってIL RITRATTO DI DORIAN GRAYを抜けたLucianoは、程無くしてRRRのリーダー格でもありブレーンでもあったギタリストNanni Civitengaに誘われるままフロントヴォーカリストとして加入し、こうしてRRRは1972年正式なるスタートを切った次第である。
バンド名を直訳すると“到着返信書留郵便”という意で、私見ではあるが何やら思惑というか深い意味有りげでややもするとアイロニカルな匂いすら感じられ、(良い意味で)イタリアン・ロック特有のとても長ったらしい伊語綴りのバンドネーミングに思わず舌を噛みそうになるが、その辺りは2004年にストレンジ・デイズレーベルから紙ジャケット仕様でリイシューされた国内盤CDにて三輪岳志氏が詳細等を触れているので敢えて重複は避けたいと思う。
RRRのデヴューと時同じくしてパレルモで開催された伝説的ロック・イヴェントVilla Pamphili Pop Festivalに、バンコ、ニュー・トロルス、オザンナ、ラッテ・エ・ミエーレ、トリップ、果てはイル・パエーゼ・ディ・バロッキ、クエラ・ベッキア・ロッカンダ…etc、etcといった当時飛ぶ鳥をも落とす勢いの精力的バンドが一挙に顔を揃えた中で、御多聞に漏れずRRRも参戦し熱狂的なオーディエンスに迎えられた彼等は、その時の刺激的な経験を追い風に発奮しニュー・トロルスやオザンナに追随するかの如く前出の2グループが契約していたワーナー傘下の大手名門フォニット・チェトラと程無く契約を交わし、同年初秋『Per…Un Mondo Di Cristallo(邦題:水晶の世界)』にてデヴューを飾る事となる。

気合いの入ったデヴュー作にして完成度の高さも然る事ながら、彼等のデヴュー作はちょくちょくオザンナの73年作『パレポリ』と比較されたり、その世界観がおどろおどろしい邪悪でダークな佇まいと相通ずると喩えられたものだが、オザンナの持つ土着的な秘教+まじない師みたいな呪術風イメージとは相反し、RRRはあくまでイタリアン・バロックの壮麗さとアコギを多用した地中海の民族音楽な趣すら彷彿とさせるプログレッシヴ・ロックというフィールドに根ざしつつ、当時のロックカルチャーの風潮ともいえるアシッド&サイケフォーク、アートロック、アヴァンギャルド、トリップミュージック、構築と破壊、希望と絶望、狂騒と静寂を…等をも内包した熱気の籠った会心の一枚と言えるだろう。
余談ながらも見開きジャケットの内側に描かれた、クエラ・ベッキア・ロッカンダやトリップのアルバムアートを手掛けたスタジオUp&DownのSFチックなアートワークに、ドイツのネクターのデヴュー作『Journey To The Centre Of The Eye』を連想したのは自分だけだろうか…。

私自身の他愛の無い独白で恐縮だが…何十年か前の若い時分の頃、一時期キングのユーロシリーズにて国内盤リリースされたトロルスやオザンナといったフォニット・チェトラレーベル作品が全く受け付けなくなってしまい(後年CD化リリースされたデリリウムすらも何度か聴いたものの結局は受け入れられなかった)、当時話題となったRRRの国内LP盤リリース決定の報を知らされた時も何だか今一つピンと来なくて、切手に見立てたメンバー写真に紐で括り付けられた郵便物という至ってシンプルながらも、ややもすれば貧相な装丁のジャケットワークにそれほど期待を寄せておらず…過小評価というか聴かず嫌いだったのかは定かでは無いが兎にも角にも知らん顔を決めていたのが正直なところである(見た目同じ郵便物を模したカンタウトーレCiro D'ammiccoのデヴュー作や、紐で括り付けられている辺りなんてプロセッションの1stをも連想した位だ)。
やっと受け入れられる事が出来たのは今を遡ること十数年前、改めて紙ジャケット仕様CDで買い直して以降、貪る様にトロルス、オザンナ、デリリウムそしてRRRを何度も何度も繰り返し反芻しながら聴き直し克服したという、今となっては笑い話みたいな告白として一笑に臥されるのがオチであるが、あの当時の若い時分にとっては理由こそ定かではないが何かの拍子でチェトラレーベルに対し苦手意識が生まれ、まるで一線を引くかの様に敬遠していたのかもしれない。
私の過去の恥部にも似た思い出話でかなりスペースを割いてしまったが、意欲作でもあり野心作とも取れるRRR渾身のデヴュー作は、オープニングの冒頭1曲目から不穏な空気と緊迫感を孕んだ悲壮感漂うチャーチオルガン風のハモンドが高らかにけたたましく響鳴し、そのカオス渦巻く無間地獄巡りという迷宮回廊の幕開けを告げているかの様だ。
ほんの一瞬の静寂から一転してフルートとアコギのアンサンブルによるイントロダクションに導かれる2曲目は、油断は禁物と言わんばかりに一気に雪崩れ込むヘヴィなジャズロックから地中海トラディッショナルな佇まいのアコースティックでダークチェンバーな曲想へと変化しLucianoの高らか
なヴォイスとが絶妙に絡み合い、ヘヴィ&ジャズィーなリフレインとが交互に顔を覗かせる二律背反な構成は紛れも無く圧巻という二文字しか形容出来ない。
さながらオザンナのデヴュー作ないしチェルベッロが持つ妖しくも美しい世界観と相通ずるところがある…。
続く3曲目もタランテッラを思わせる舞踊曲さながらに掻き鳴らされる12弦ギターの鮮烈さといったら、私自身何度も繰り返し聴く度毎に筆舌し難い思いに駆られてしまう。
フォークタッチに転調したかと思いきやラテン民族の血が騒ぐかの様な民族調のパーカッションとフルートが絡み、不穏で不気味なコントラバスの登場にヴォーカルとオーケストラパートが追随し、更にはイルバレの『YS』ばりの狂気な女性スキャットが絡んでくる様は、タイトル通り落下してくる終末の世界を目の当たりにしている…そんな錯覚にすら襲われそうだ。
場末の酒場の佇まいを思わせる様なデカダンな雰囲気の調子っ外れなトーンのピアノに何ともエロティックで艶めかしいテナーに導かれる4曲目は、聴き様によってはクリムゾンの『リザード』をも想起させるジャズィーでアップテンポな曲調である。
中間部のヘヴィなギターにイルバレの『YS』の面影をも見い出せると思えるのは私の穿った見方だろうか(苦笑)。
イタリアン・ロック特有の偏屈極まりない変拍子とも奇数拍子とも取れない…あたかも現代音楽風でアヴァンギャルドなピアノと不穏なハモンドが互いにせめぎ合うイントロの5曲目は、EL&Pの『タルカス』が歪になったかの様なコード進行と無秩序なメロディーラインにハイトーンヴォイスが絶妙に絡み合い、ヘヴィロックとアコースティックな側面とがテンポ良く交錯し、もうこの辺りともなるとリスナーの側もRRRの構築する麻薬の如き音世界にどっぷりと浸り切ってしまっている事だろう。
牧歌的ながらもどこか物悲しげで陰鬱めいた抒情性すら垣間見えるアコギとフルートに導かれる6曲目にあっては、クラシカル、ジャズィー、ブルーズィー、フォーキーなサウンドエッセンスが違和感無く融合し合い、ハモンドエフェクトを効かせた無機質で不気味なモノローグ、仄暗いリリシズムを湛えたチェンバロの響き、怒涛の様に押し寄せるアコギにクリムゾンばりのヘヴィで狂暴な旋律(戦慄)が狂喜乱舞に応酬するといった、全収録曲中長尺なトータル10分強の大曲にしてクライマックスで聴き処満載な、RRRの面目躍如ここにありと言わんばかりな超絶級の好ナンバーと言えよう。
混沌と狂騒の果て…あたかも嵐が過ぎ去った後の如く、軽快でアップテンポなアコギがひと筋の光明というイマージュをも抱かせるラスト7曲目、唯一明るめなポップチューンで締め括るのかと思いきや、そこは曲者RRRらしく暗雲垂れ込める不穏な空気と不安感をリスナーに煽り立てるかの如く、さながらもう少しだけ地獄巡りに付き合ってくれよと言わんばかりに不気味で緊迫感溢れるオーケストラパートを再びインサートしてくる様は、もはやサディズムをも超越した恍惚と陶酔感しかあり得ない…としか言い様があるまい。
プログレッシヴ特有のテープルーピング早回しで終局へと向かい、レトロSF映画調を思わせる宇宙空間のSEをバックにアコギとピアノ、フルート、リズム隊、そして崇高で救済の眼差しをも彷彿とさせるたおやかなヴォーカルが大団円へと収束し、一抹の希望とも絶望ともつかないエンディングを飾る頃には、最早すっかり聴衆はRRRの仕掛けた巧妙な音楽の罠というか術中にはまっている事請け合いであろう。
ロックフェスでの評判は上々、フォニット・チェトラという大手レーベルの後ろ盾の甲斐あって、決して完全とは言えないもののそれ相応に持ち得る渾身の力を最大限に注ぎ創り上げた最高の自信作と確信するデヴューアルバムではあったが、1972年当時のイタリアン・ロック隆盛期に於いてPF
M『Per Un Amico』を始めバンコ『Darwin !』、オルメ『Uomo Di Pezza』、ニュー・トロルス『UT』、オザンナ『Milano Calibro 9』、ラッテ・エ・ミエーレ『Passio Secundum Mattheum』、イルバレ『YS』、クエラ・ベッキア・ロッカンダ、イル・パエーゼ・ディ・バロッキ、レアーレ・アカデミア・ディ・ムジカ…etc、etcといった強豪バンドが雨後の筍の如く世に躍り出た時期と重なり、良くも悪くも幸か不幸か運とタイミングが悪かったと言うべきなのか並み居る強豪バンド達の高レベルな完成度を有する作品群と、あたかも団栗の背比べの様な当時の尋常じゃないリリース競争率の前に、デヴューアルバムのセールスは予想外に伸び悩み思っていた以上の成果を得る事すら出来ず敢え無く完敗するといった辛酸を舐める事となる(あまり言いたくはないのだが…やっぱりジャケットのインパクトが弱かったのか!?)。
フォニット・チェトラサイドは契約面等を考慮した上で改めて音楽路線変更を提示したものの、これにはRRRが真っ向から反発しバンドと会社側との間で軋轢と深い溝が生じ、結局失意を抱えたままRRRはデヴューから間もなく空中分解するという憂き目を辿ってしまう。
バンド解体後中心核でもあったLuciano RegoliとNanni Civitengaの両名は試行錯誤と紆余曲折を重ねつつ様々なバンドを渡り歩き、 2年後の1974年テオレミやルオヴォ・ディ・コロンボの元メンバー達と共にサマディを結成し、フォニット・チェトラよりバンド名を冠したデヴューアルバムをリリース。
しかしこれもRRRと同様思った以上にセールスが振るわず、結局一年足らずでバンドは解散し、以後Luciano RegoliとNanni Civitengaの両名はイタリアン・ロックシーンの表舞台から完全に遠ざかってしまう。
時代は流れて…70年代末期~80年代前後に勃発した高額プレミアムな値が付いたイタリアン・ロックの廃盤発掘を契機に、キングのユーロロックコレクションの火付け役となるべくイタリアン・ロックの名作名盤が続々と多数日本の市場に出回り始め、時同じくしてキングレコードより国内盤仕様のアナログLP盤を含めリマスターCD化によって多数もの名作と並んでRRRの再評価が高まり、更には世界的に評判の呼び声が広がりつつある中、母国イタリアにて著名なフレスコ画家に転身し画壇でも多大な成功を収めていたLuciano Regoliの耳にもRRRの素晴らしさが再評価されている旨が知れ渡り、これを機にLuciano自身再び音楽への情熱を取り戻しRRR再興へと駆り立てられた次第である。
盟友となったNanni Civitengaを再び招聘し、更にはIL RITRATTO DI DORIAN GRAY時代から親交の深かったClaudio Simonetti、果てはオザンナのLino Vairettiといったベテラン勢達からの協力と賛助の下、21世紀の2010年実に38年振りの新譜にしてあたかもLucianoの私小説をも思わせるコンセプトで製作された『Il Pittore Volante(邦題:空飛ぶ画家)』が満を持してリリースされたのは未だ記憶に新しいところであろう。

再結成と第一線への復活劇による気運は追い風となって、あれよあれよという間に再スタートへのステージが用意され、それに伴いバンドネーミングも装い新たにヌオーヴァ・ラコマンダータ・コン・リチヴィータ・デ・リトルノ(NUOVA RACCOMANDATA RICEVUTA RITORNO)として生まれ変わり、同年ローマにて開催された復活ライヴには何とフォーカスのTHIJS VAN LEERをサポートに迎え、その白熱を帯びたライヴパフォーマンスに聴衆は暫し時を忘れて感動と興奮に酔いしれたのは最早言うには及ぶまい。

2013年のイタリア国内でのライヴ(2015年イタリア盤でその模様を収めたCDとLPがリリース)を経て、2017年の夏には満を持して日本のプログレッシヴ・ライヴの殿堂川崎クラヴチッタへ初来日公演を果たす事となる…。
辛酸と苦汁を舐めさせられ一度は大きな失意と挫折を味わったRRRが21世紀の現在(いま)不死鳥の如く甦り、今もなおこうして世界中から絶大なる支持を受け多くの愛好者やフォロワーを輩出しているという、あの70年代からは到底想像もつかなかった事が決して伝説のままで終わる事無くリアルタイムで進行しているという現実に直視し、聴衆である我々も気を入れて挑み真摯に向き合わなければなるまい。
まさしくジョークみたいな締め括りではあるが“戦慄とカオスは続くよどこまでも…” と言っても過言ではあるまい。
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