幻想神秘音楽館

プログレッシヴ&ユーロ・ロックという名の夢幻の迷宮世界へようこそ…。暫し時を忘れ現実世界から離れて幻想と抒情の響宴をお楽しみ下さい。

一生逸品 NIGHTWINDS

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 2022年も早いもので、もう折り返しの後半に差し掛かろうとしています。

 蒸し暑くて鰻上りな不快指数に加え、鬱陶しくも忌々しい今時の変わりやすい空模様という梅雨時も徐々に明け、夏本番を告げるであろう各地での記録的猛酷暑の到来に、なかなか心身ともに追いついていけないといった今日この頃です (苦笑)。
 夏には夏の楽しみ方があると同様、プログレッシヴ・ロックも夏なら夏向きに相応しい吟味と聴き方で涼やかに乗り切りたいものです。
 今夏はどんなプログレッシヴとの出会いがあるのか?そんな苦手な季節との付き合い方もまた風流でもあり一興というもの…。
 先月の「夢幻の楽師達」で取り挙げたモールス・コードに引き続き、今回「一生逸品」で紹介するは70年代カナディアン・プログレッシヴ黄金期に於いて、ライヴ・パフォーマンスの素晴らしさでカナダ全土にその名が広く知れ渡りつつ、デヴュー作の収録とマスターテープが完成されながらも、時代の波に乗れず世に出る事無く…あたかも幻の存在のまま暫し長き眠りについたまま、1990年のCD隆盛期に漸く正式な形となった陽の目を見る事となったものの、皮肉な事にそのCD唯一作も、21世紀の今やレアアイテム級の入手困難盤へと移行してしまった感すら窺える、名実共に文字通り70年代カナディアン・シンフォニック最後の砦と言っても過言では無い、至高にして極みとも言わしめた伝承そのものの贈り物“ナイトウインズ”に、今一度栄光の眩いスポットライトを当ててみたいと思います。

NIGHTWINDS/Nightwinds(1979)
  1.We Were The Young      
  2.Crude Exports        
  3.Ivy     
  4.The Pirates Of Rebecca's Choice          
  5.Out 'n' About
  6.Sad But True
  7.As The Crow Flies
  8.The Curious Case Of Benjamin Button
  
  Sandy Singers:Vo, Acoustic 12-st G
  Mike Gingrich:B, Bass Pedals, 12-st G, Recorder, Vo
  Gerald O'Brien:Key
  Terry O'Brien:G
  Mike Phelan:Ds, Per

 アメリカとは地続きでありながらも永きに亘って英語圏と仏語圏が同居し、それぞれ良いとこ取りの如く独自の文化とアイデンティティーを形成してきた北米大陸のヨーロッパと言っても過言では無いカナダ。 
 そんなお国柄を反映するかの様に、プログレッシヴ・ロックとひと口に括っても多種多才・多種多様なスタイルと音楽性が散見出来、70年代からカナディアン・プログレッシヴを牽引先導してきたであろう大御所のラッシュ始めサーガ、当ブログでも取り挙げたFMマネイジュモールス・コード、更にはアルモニウム、クラトゥー、スローシェ…etc、etc、スタイル的にも正統派のシンフォニック系、ハードロック系、ジャズロック、トラディッショナル&フォーク、ポップスと多岐に亘り、作品をコンスタンスにリリースしてきたベテラン勢も然る事ながら、ワン・アンド・オンリーで作品をたった一枚しか遺せなかった短命な単発バンド系も忘れてはなるまい…。
 ポーレン、オパス5、エト・セトラ、ミルクウィード、通好みなところではヴォ・ヴォワザン、アングルヴァン、ジャッカル、ル・マッチ、そしてトゥルー・ミス辺りが顕著なところと言えよう。
 上記単発系アーティスト達は幸いな事に運とツキに恵まれ、プログレッシヴ・ロック史に刻まれる名作級の唯一作を世に遺せたものの、運命の悪戯かそれとも神様の嫉妬なのか…たとえ実力や技量、経験値が豊富で且つ、レコーディングを済ませマスターテープを完成させながらも、70年代黄金期にとうとう作品すら遺せず涙を飲んだ秀逸なる者達が、果たしてどれだけ存在した事であろうか?
 無論それは、カナダに限らずプログレッシヴ大国のイギリスやイタリア、音楽産業の総本山アメリカ、その他諸外国にも言える事であるが…。
 今回本篇の主人公ナイトウインズも御多聞に漏れずそれらに類する一例ではあるが、私自身時折ライヴラリーから引っぱり出しては、何度も繰り返し彼等の唯一作を耳にする度、当時これだけのハイクオリティーで比類無き完成度の高さを誇っていた彼等が、何故にして世に出る事が出来なかったのか不思議である思うと同時に、改めて積年の思いというか恨み節にも似た悔しさみたいなものすら禁じ得ない…そんな思いですらある。

 ナイトウインズが70年代の表舞台から消え去ってから概ね11年後の1990年、こうしてめでたくCD化という形で発掘され漸く陽の目を見ることが叶ったものの、皮肉な事とは重なるものでいかんせんナイトウインズ結成までに至る詳細なバイオグラフィーが一切不明で、そういった経緯や連鎖が良くも悪くも幻の存在だの謎のベールに包まれただのと揶揄されているのだろう。
 私自身も現時点で把握している限り…実質的なバンドリーダー兼キーボーダーでもあるGerald O'Brien、そしてベーシストのMike Gingrichが、前出でも触れたクラトゥーのサポートツアーメンバーとして参加していたという事しか解らずじまいであり、70年代後期にクラトゥー始めFM、サーガと共に合同で国内ツアーを行っていた忙しい合間を縫って、クラトゥーのメンバーからの後押しと賛助の甲斐あって難産の末レコーディングを完了したものの、おそらくツアー中の多忙に重なり様々なフラストレーションとストレスが鬱積した事で、バンドの内紛に拍車をかけてしまいツアー終了と同時にバンドは解散、ナイトウインズのデヴューは事実上の御破算になり白紙に戻ってしまったとの見解である…実に悲しい事ではあるが。

    
 肝心要の唯一作の全容と音楽性ではあるが、バンド内部でいざこざやらすったもんだがあったとはいえ、そこはちゃんとしっかり大人の対応よろしくと言わんばかりな、一朝一夕では為し得ない位の、プロフェッショナルにして的確で強固な演奏力とキャリアを物語る仕事っぷりが光っていて、何より…とても1979年に収録されたとは思えない位の高度な音楽性と完成度に思わず舌を巻いてしまうから、良い意味で困ってしまう。
 冒頭1曲目から中期ジェネシス時代のハケットをも彷彿させるアコギがメランコリックに木霊したかと思いきや、いきなり掻き鳴らされるギターを合図にジェネシス+イエス調なリリシズムと旋律が雪崩れ込み思わず感動と興奮のせめぎ合いが鳥肌物ですらある。
 かのイングランドとポーレンを足して2で割った様なシチュエーションが、あたかも数倍に加速したかの様な高揚感に、これぞシンフォニック・プログレッシヴの真髄・真骨頂と言っても過言ではあるまい。
 続く2曲目もイエス+GGばりな変拍子全開で良い意味で掴み処が無い、ここまでやられると嫌味を通り越してむしろ快感と痛快さが際立って、スクワイアばりのゴリゴリベースにトニー・バンクス影響下が窺い知れるメロトロンとハモンドが実に効果的でスパイス的な役割をしっかりと果たしている。
 GGの分岐点となった佳作『Octopus』に収録の「Dog's Life」をも彷彿とさせるであろう、アコースティックナンバーな3曲目も落涙必至で素晴らしく、陰と陽をしっかりと使い分けた歌メロにカナディアンな雰囲気を湛えた物悲しいリコーダーが聴く者の胸を打つ。
 ブリティッシュとアメリカンなプログレッシヴ・エッセンスが見事にコンバインした4曲目も聴き処満載で、寄せては返す波の如く押しと引き、硬質と柔軟がしっかりと明確に表れながらもそつなくナチュラルにこなしているところに、彼等の本懐の深さと豊かなバイタリティーが感じ取れる。
 5曲目のスペイシーでややサイケがかったシンセのSEに導かれ、いつしかクラシカルに転調したかと思いきやジェネシスの「シネマ・ショウ」を想起させる曲進行に思わずニヤリとさせられるのは御愛嬌。
 ブギーでファンキーっぽさな顔を覗かせる意表を突いた6曲目の巧みさも然る事ながら、本作中に於いて11分超えの大作7曲目のドラマティックで荘厳、尚且つ軽快で天空を駆け巡るかの如き飛翔感といったら、『トーマト』期のイエスとは比べものにならない位、しっかりと『究極』時代ばりにイエスしている圧巻なナンバーに、時が経つのも暫し忘れてしまいそうになる。
 ラストを飾るは幾分コミカルで軽妙洒脱なプログレッシヴ・ポップスではあるものの、ラストのシンセによるバグパイプ・ファンファーレが、ナイトウインズの創作構築した音楽世界を雄弁に物語っており、あたかも70年代最後にこれだけ自らの音楽を創り上げた事を誇っているかの様ですらあり聴き手である側ですらも痛快極まりない。

 紆余曲折と試行錯誤、葛藤と融和…等といったファクターを経て製作されつつも、当時決して世に出る事無くそのまま時代の忘却の彼方へと追いやられた、そんな彼等の一片の思い出、或いは青春の記録と言うにはあまりにも畏れ多い、それこそ70年代後期のプログレッシヴ低迷期に瀕していた悪夢の様な時代を生きた証と言っても過言では無い本作品。
 ナイトウインズ解散以降、メンバー各々がそれぞれの道を歩み、Mike Gingrichはかのクラトゥー関連での活動を共にし、Gerald O'Brienはクラトゥーでの活動を経て自らのバンドを結成。
 残るSandy Singers並びTerry O'Brien、Mike Phelanは商業路線の音楽活動に活路を見い出し、それぞれ後年に於いて成功を収めている。
           
 1990年、本格的なプログレッシヴ復興にして再興期元年、当時アメリカでプログレッシヴ・ロック専門に発足した新興レーベルThe Laser's Edgeの手によって発掘リマスターされたことは、果たして運命付けられていたのか宿命だったのか…。
 いずれにせよ…本作品を長年の眠りから呼び覚まし、再び世に送り出した当時のThe Laser's Edgeスタッフ陣の尽力に頭の下がる思いと共に心から深く感謝の思いでいっぱいである。
 それ以上に、70年代イズムを踏襲したであろうアートワークの素敵な仕事っぷりには感服の思いですらあり、アートディレクターの時代懐古(回顧)趣味的な非凡なセンスも大いに評価されるべきであろう。
 惜しむらくは1990年にCDリイシューされて以降、再プレス化される事無く今や相応なプレミアム価格が付いてしまっている事であろうか…。
 21世紀のプログレッシヴ隆盛期が声高に叫ばれている現在(いま)だからこそ、改めて今一度再評価を推して促したい一枚であると共に、出来ることなら日本でもアメリカのどちら側でも良いから、(個人的な希望と欲求ながらも) 高音質で聴きたいが故に、紙ジャケット仕様のSHM-CDリイシュー化を望みたいのが正直なところでもある。
 マーキー/ベル・アンティークさん、或いはディスクユニオン/アルカンジェロさん…どうか期待してますから(苦笑)。
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Zen

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