一生逸品 BABYLON
9月第一週目の「一生逸品」、今回は今もなお伝説的なカリスマにして、その唯一無比な音楽性と存在感で絶大な人気と支持を得ている、70年代後期に登場した…その純粋なまでのプログレッシヴ精神とシアトリカルなスタイルを貫き通したジェネシス・チルドレンの最右翼に位置する、アメリカン・プログレッシヴの極みにして至高の匠に相応しい“バビロン”に、今再び焦点を当ててみたいと思います。
BABYLON/Babylon(1978)
1.The Mote In God's Eye
2.Before The Fall
3.Dreamfish
4.Cathedral Of The Mary Ruin


Doroccas:Vo, Key
Rick Leonard:B, Vo
Rodney Best:Ds, Per
J.David Boyko:G
G.W.Chambers:Key, Vo
21世紀というネット社会はプログレッシヴ・ロックの業界に於いても、多大なる恩恵と世界的規模の横の繋がり…即ちバンドと個々のアーティスト、更にはひと昔前よりプログレッシヴ・ロック専門のレーベル同士との強固にして密な繋がりとして大いなる助力となったのは最早言うに及ぶまい。
殊更…日本と並ぶプログレッシヴ・ロックの巨大なマーケット的役割を担っているであろう北米大陸アメリカにあっても、各州にて年中行事の如く毎年開催されているプログレッシヴ・ロックフェスを皮切りに、門戸開放と言わんばかりに世界各国のプログレ系アーティストの受け皿的な立場・役割としての大きさを、改めて認識せざるを得ないだろう。
何度も言及されている様に“ファーストフードが主食みたいなヤンキーなんぞにプログレなんぞ出来っこ無い!”という偏見に満ちた穿った見方はもはや遠い遥か彼方の大昔の話(苦笑)。
メジャーな流通でアメリカン・プログレの先鋒に躍り出たカンサスやスティックス、ボストン、中堅処ではイーソスやパヴロフズ・ドッグ、ハッピー・ザ・マン、ディキシー・ドレッグス、スターキャッスル、そして時代の主流はメジャーからマイナーへと移行し、前述の名立たる存在に追随・肉迫するかの様に台頭した70年代後期世代…イエツダ・ウルファ、カテドラル、クィル、イースター・アイランド、ハンズといったアメリカン・プログレの継承者達の軌跡は、決して青春の一頁という安っぽくて生温い一過性では止まらない、まさしく己の信念・信条に情熱を注ぎ嘘偽り無く生きた証でもあったのは言い過ぎではあるまい。
彼等70年代後期バンドは大手レコード会社・レーベルから支援を得られる事無く、ある者は自主製作という規模の縮小に否応無く且つ余儀無くされ、またある者は地道に細々とマスターテープの製作のみに終わり機が熟すのを待つしか術が無かった訳であるが、そんな不遇な時期にあっても夢想の世界を追い求め逆境に臆する事無く、時代の頁を一枚々々紡ぎ歴史に名を遺していったのである。
今回本編の主人公でもあるバビロンも、カテドラルやイースター・アイランドとほぼ同時期に生きたバンドとして、その一種独特なミステリアスさを醸しつつプログレッシャーに似つかわしいバンドネーミングで、イギリスのイングランド始めドイツのノイシュヴァンシュタインと共に最良質で高水準なジェネシス・フォロワー系の元祖として、ほんの一瞬ながらもアメリカのプログレシーンを駆け巡っていったのである。
バビロンの詳細なバイオグラフィーに至っては、誠に申し訳無くも残念な話…現時点で私が所有しているCDのみなので何とも心許ない文面になるかもしれないが、どうか御容赦願いたい(苦笑)。
バビロンは1976年フロリダにて、ベースのRick LeonardとDoroccasなる謎(!?)のニックネームを持つヴォーカリストを中心に結成されたものと思われる…。
本文中の写真から察するに当時の年齢からして皆25歳前後の若手世代と思われる。推察すれば元々は地元のハイスクール~大学経由での学生バンド時代からが彼等のサウンドスタイルを形成していた時期ではなかろうか。
本作品を一聴する限り全4曲のみの収録という少ないレパートリーながらも、ジェネシス影響下である事に迷う事も躊躇する事も無く、プログレ停滞期という時期に差しかかっていた頃にも臆さず堂々と自分達なりに昇華したシアトリカルな世界観を構築した潔さと覚悟には、21世紀という現在になっても、つくづく頭の下がる思いである…。
一朝一夕では成し得ない位、素人臭さが微塵にも感じられない高水準な演奏技量と構成力・音楽性はかなりの手腕と音楽経験を物語っており、単なるファンだとか影響を受けました云々というリスペクトの域をも超えた…全曲に漂う熱烈なジェネシス愛はもはや疑う余地が無いだろう。
専任キーボーダーと共にリードヴォーカリストがキーボードを兼ねる辺りは、多かれ少なかれアンジュを連想させる部分をも匂わせるが、それもあながち的外れではあるまい。
プログレ必携アイテムとも言えるハモンドやメロトロンが珍しく一切使用されておらず、それらに代わって幾重にも紡がれるエレピにシンセ系…ストリング・アンサンブルとオーケストロンを多用した重厚なハーモニーは、当時のライト感覚なアメリカン・プログレッシヴの側面と一片を垣間見る様な思いであり、良い意味でアメリカらしい気風が反映されながらも、敢えて真っ向から“そう安易にジェネシス・クローンの類似系にはならないぞ“と言わんばかりな姿勢とアプローチが、あの独特なバビロン・サウンドを生み出し彼等の個性とカラーを決定付けたと言えよう。
個人的な見解なれど、今でも改めて彼等の唯一作を聴き直す度に新たな発見が出来て実に痛快極まりない…。
本家が英国の伝承寓話、中世のお伽噺・童話をモチーフにしていた作風なら、彼等の創作する音世界から連想出来るのは…紺碧の海に沈んだアトランティス大陸の伝説やハロウィーンの妖しげな雰囲気と佇まい、アメリカの七不思議、果てはSFドラマの元祖『トワイアライト・ゾーン』にも似た空想と現実世界との狭間を覗き見る様な緊迫感すら覚えてしまう。
さながら『月影の騎士』或いは『眩惑のブロードウェイ』の頃の中期ジェネシスに近いシンパシーを感じてしまうのは当たらずも遠からずといったところだろうか。
冒頭1曲目…不穏な空気すら漂う厳かな土着的儀式をも思わせるパーカッション群のイントロに導かれ、ミステリアスなギターとシンセが被さり、タイトル通り朗々たる神の啓示にも似たシャーマニックなヴォイスにゲイヴリエルの幻影を見出せたなら、貴方はもう完全にバビロンの術中に落ちている事だろう。
神秘的にして荘厳なシンフォニックでありながらもアメリカらしいライトな感覚と躍動感には、初めて耳にした時の感覚…改めてアメリカ産というわだかまりすら消え去って溜飲の下がる思いですらある。
小気味良いスネアとマインドなシンセ、流麗なギターワークが物語を紡ぐ2曲目は、ポエジーでシアトリカルな色合いを全面に押し出した秀曲で、中盤にかけての変拍子全開のギターとリズム隊、きらびやかで摩訶不思議、寄せては返す波の如きキーボードワークはカナダのポーレンにも匹敵するリリシズムをも彷彿とさせる。
2曲目の感動の余韻を残したまま続く3曲目も、彼等の代表曲として申し分無い位に素晴らしいテンションとパッションを繰り広げている。
引きの部分と押しの部分とがバランス良く交差し、タイトル通りの夢想の世界で戯れる魚の躍動感を軽快なギターとスペイシーなキーボードが奏でる様子は感動と興奮以外の何物でも無い。
ラストにあっては、本家ジェネシスの“妖婦ラミア”にも似通った曲想ながらもモダンでタイト且つ詩情豊かに歌と演奏を聴かせつつ終盤のフェイドアウトで幕を閉じる様は、さながら物語の終わりにしてジェネシスへの敬意・敬愛の表れを如実に物語っているかの様ですらあり、聴き手の側も短編小
説を読み終えた余韻と感銘を受ける事必至であろう…。
ちなみに、本作品のアナログ・オリジナル原盤はジャケットの下地がホワイトとシルバーの2種類存在するが、どちらかが初回のみのプレスという訳では無く、2種類の下地で同時にリリースされたという説が強い(私自身ホワイト地のジャケットは未だお目にかかっていないのが残念…)。
近年復活を遂げたカテドラルやイエツダ・ウルファを例外としても、かのイースター・アイランドと同様彼等もまた御多分に漏れずたった一枚の作品だけを遺し人知れず表舞台から去っていった次第であるが、その後のメンバーの動向も一切不明…残された唯一作の高水準な完成度と素晴らしさだけが人伝を経由して高額に近いプレミアムを呼び込むといった具合で一人歩きし、まさにバビロンというバンドの存在が伝説と幻で扱われ、このままアメリカン・プログレ史に埋もれていってしまうのかと思いきや、バンド消滅から11年後の1989年突如急転直下で舞い込んで来たバビロンのライヴ盤リリース(Vol.1とVol.2の2回に分けての発表)は、まさに青天の霹靂という言葉に相応しく彼等バビロンの生きた証とも言うべき…青春の躍動感と信念に燃えていた頃の貴重なライヴ音源として、世界各国の多くのプログレッシヴ・ロックファンにとって勇気と感動すら与え涙を誘ったのは言うまでもあるまい。


素人臭さ丸出しなジャケットの意匠といい音質的には決して褒められたレベルではないものの、ホリゾントに映し出される映像をバックに、マントを羽織りマスクを被ってパントマイムに興じるといったゲイヴリエル在籍の初期ジェネシスを極端に意識した貴重な初公開のステージング・フォトに、今まで“幻”的な扱いだったバビロンが(ほんの一瞬の輝きだったとはいえ)当時に於いて聴衆から熱狂的に支持を受けていたという事実に、改めて敬意を表しつつ彼等の実力に脱帽せざるを得ないのが正直なところである…。
唯一作に収録された4曲も然る事ながら今まで知る由も無かった未発表6曲の素晴らしさとクオリティーの高さを思えば、返す々々もあの世界的規模に吹き荒れたプログレ暗黒時代を恨めしく思うと共に、強力な後ろ盾やレーベルそして秀でた人材と人脈に恵まれていたのであれば、彼等バビロンと
て自主製作に甘んずる事無くパスポート(バビロンの登場と前後して倒産した事が何とも非常に悔やまれる)といったプログレの受け皿的レーベルから、デヴュー作に次いでもう1~2枚作品をリリース出来たのではなかろうか。
現在彼等の作品はマーキー・ベルアンティークからオリジナルデザイン紙ジャケット仕様のSHM-CD国内盤で簡単に入手出来るが、アナログ時代2枚に分けてリリースされたライヴ盤にあってはCD‐R1枚のみに完全収録でまとめられた『Better Conditions For The Dead』なるものが確認されているものの、残念ながら現在では廃盤に近い状態で入手も非常に困難となっているのが惜しまれる…。


それに加えて何とも困った事に、本家アメリカのSyn‐Phonicレーベルから2004年にデジタルリマスター化されたCDリイシューにあっては、バンドのロゴがカラーリングされているのはまだ許せる範囲なものの、オリジナル原盤に描かれた道化役者風な男の顔のアップが、あの宇宙人グレイに変更されたのには私自身驚きの余り椅子から転げ落ちそうになったのを今でも記憶している(苦笑)。
バンドが無くなった今でさえもこんな処遇に、かつてのメンバーでさえも落胆し冷ややかに見ているのではあるまいか…。
近年のカテドラル…或いはイタリアのアルファタウラスを例に取っても、たった一枚の作品を残して解散という憂き目に遭いつつも、多くのファンや愛好者達から熱狂的なラヴコールと支持を受けて現在の21世紀に再結成し返り咲き人気を博しているが、無論彼等バビロンとて例外ではあるまい…。
ひと昔…ふた昔前の“もしも!?”という想像や話題が、今やいつでも奇跡的に復活するという御時世でもあるから彼等の再結集には俄然大いに期待を寄せたいところでもあるが、想像の域で恐縮なれど彼等の言葉を借りれば多分“僕達はあの時点で全てをやり尽くしたからもう一片の悔いは無いよ…”
の返答で終止する事だろう。
伝説は伝説のままで未来永劫このままそっとしておいてやりたいと思いつつ、現在の活況著しい21世紀のアメリカン・プログレが今の彼等の目にはどう映っているのだろうかと尋ねてみたい様な気もする…。
ライヴを含む彼等の全作品を聴きつつも、私自身…激情と静寂に支配されたロック・テアトルの迷宮への出口と答え探しはまだまだ続きそうである。
スポンサーサイト