一生逸品 TETRAGON
10月終盤を迎え、樹木の緑がいつしか紅葉に染まり、路上には落葉がちらほらと見受けられる様になりました。
朝晩と日に々々冬の足音が近付きつつある…そんな肌寒さすら感じられ、改めて深まる秋の様相がひしひしと五感で伝わり、これから先…晩秋から初冬へ季節の移り変わりといった様変わりを目の当たりにする機会が多くなる事でしょう。
激動の2022年も残すところあと2ヶ月少々、素晴らしい音楽と芸術作品に国境は無いと思いつつも、心のどこかで何とも割り切れないもどかしさと、やるせない憤りにも似た引っ掛かりを今もなお抱いている今日この頃というのが正直なところです。
芸術の秋、文化の秋にしてプログレッシヴの秋真っ只中、今回お届けする「一生逸品」は先回の「夢幻の楽師達」に引き続き、70年代ジャーマン・ロック=クラウトロックから、当時オーディエンスや各方面から絶大なる称賛と賛辞を得ながらも、たった一枚きりの唯一作を世に遺しシーンの表舞台から去っていった、文字通り不世出の逸材でありながらも運とツキに恵まれる事無く決してドイツのシーンとカラーに染まり切らない、あくまでブリティッシュ寄りな作風と気概で、独自の孤高なる個性を貫き一時代を駆け巡っていった、クラシカル・ジャーマンオルガンロックの雄として呼び声が高く…まさに知る人ぞ知る存在として今なお燻し銀の如き光彩を放っている“テトラゴン”に、今一度栄光のスポットライトを当ててみたいと思います。
TETRAGON/Nature(1971)
1.Fugue
2.Jokus
3.Irgendwas
4.A Short Story
5.Nature


Hendrik Schaper:Organ, Clavinet, Piano, Electric Piano, Vo
Jürgen Jaehner:G
Rolf Rettberg:B
Joachim Luhrmann:Ds
いやはや…正直なところ、今回ばかりは困った参ったの狼狽ぶりな言葉が矢継ぎ早に出てきてしまうから、我ながらお恥ずかしいやら情けないやら (苦笑)。
過去にも「一生逸品」で、アイヴォリー始めノイシュヴァンシュタイン、アメノフィス…と、何度かワンアンドオンリーな単発系ジャーマン・プログレッシヴを取り挙げたものの、傾向的にはシンフォニック系が占めていたのが正直なところで、こと70年代初期の所謂クラウトロック黎明期の頃ともなると、いろいろと考えあぐね散々迷ったところで私自身ですらもぶっちゃけ「何を取り挙げようか…?」というのが本音ですらあったのだから全く世話は無い。
マニアックにしてカリスマ的な人気を誇りコレクターズ・アイテムの頂ともいえるネクロノミコンを筆頭に、ドム、ゲア、アモス・キイ、トロヤ、ミノタウロス、ポセイドン、ゾンビー・ウーフ、エピダウラス、チベット、エル・シャロム…etc、etc、思いつく限り知っている名前を列挙しただけでも枚挙に暇が無い。
無論あまりにマニアックマニアックし過ぎた作品を仮に取り挙げたとしても、閲覧拝読されてドン引きされたのでは元も子もないからね…。
御多分に漏れず、今回紹介する本篇の主人公テトラゴンもその内の一つで、さながらウルトラシリーズに登場しそうな怪獣みたいなネーミング (ちなみにバンドネーミングの意は四角形) ではあるが、そんな下世話なジョークとは裏腹に彼等も然りジャーマン・レア物扱いで時代に埋もれさせるには惜しまれる位の才気と独創性を持ったマエストロであったのは言うに及ぶまい。
過去に何度かプログレッシヴ系メディアにて紹介される度毎に、傾向や音楽性として喩えられていたのは、ドイツ出身ながらもサイケで瞑想的で難解なイメージとは真逆なブリティッシュナイズされたオルガンロック系…強いて挙げるならかのエマーソンを擁していたナイスからの多大なる影響下が窺える事であろうか。
ドイツ北部のオスナブルック出身、自らが生まれ育った地を拠点に活動していたTRIKOLONなるトリオスタイルのバンドを母体に、キーボーダーのHendrik SchaperとベーシストのRolf Rettbergを中心に、新たにギタリストJürgen Jaehner、そしてTRIKOLONから抜けたドラマーの後釜としてJoachim Luhrmannを迎えた4人編成の布陣で結成され、TRIKOLON時代からの名残を残しつつもギターを加えた事で更なるサウンド強化を図り、クラシカルで且つヘヴィ&ジャズィーな音楽性を全面に押し出した、さながら同国のオルガンハードロックの雄フランピーに近いシンパシーを有していたと言えば当たらずも遠からずといった感であろうか。
TRIKOLON時代からの地元ファンの後押しという甲斐あってか、ライヴを含めた地道で精力的な音楽活動が実を結び、結成から程無くしてホームタウンに近い農場の納屋を改装した簡易的なリハーサル兼録音スタジオを得た彼等は、試行錯誤と手探りの状態を繰り返しつつデヴュー作に向けたレコーディングに臨む事となり、1971年唯一のデヴュー作に当たる『Nature』をリリースする事となる。
全面にグリーンを基調としたカラーに押し花というかドライフラワーで彩られた、一見すれば単調で地味な印象を与えながらも、意味深で自然回帰な韻をも踏んだネイチャリング・テイストなメッセージ性すらも孕んだ、ジャケット裏面に描かれた煤煙を吐き出す工場の煙突=自然破壊に対する警告…或いは産業主義への皮肉と文明批判とも捉えかねない痛烈なシニカルさとニヒリズムといった、当時で言うところの公害反対が叫ばれていた時代性すら浮き彫りになっている点も見逃してはなるまい…。
オープニング冒頭1曲目からタイトル通りいきなりバッハのスコアをモチーフにした16分近い大曲である。
クラシック音楽のロックアレンジと言ったら、さながら安易な発想だのチープな香り云々といったお叱りやら批判をも受けかねないが、着想としてはやはりナイスのセンスに近いところが多々感じられ、決してベガーズ・オペラの1stみたいな全編能天気なパロディー化までには至っていない、あくまでクラシックな優雅さを留めつつヘヴィでジャズィーなテイストでセッションしているという向きが正しいだろう。
先ずはお手並み拝見といったところだろうか。
余談ながらも…個人的な見解みたいで恐縮ではあるが、バッハのモチーフといい、先にも触れたアルバムタイトル含めデザインとテーマに触れる度、かのイタリアのRDMの『Contaminazione (汚染された世界)』にも相通ずる共通点というか類似性が感じられると言ったら、些か考え過ぎであろうか…。

大曲を経て矢継ぎ早にヴォーカルのみを不気味にサイケ風なエフェクト・コラージュ化した概ね20秒足らずの2曲目に至っては、もう如何にもといった感のジャーマン系ならではのトリップ感+アヴァンギャルド性が脈々と息づいている事すら禁じ得ない。
3曲目からラスト5曲目までに至っては、もう申し分無い位に彼等の本領発揮と言わんばかりな怒涛の曲展開目白押しである。
ヴァレンシュタインばりの軽快で力強いピアノの連打に導かれ、70年代プログレッシヴテイスト全開なジャズィーな変拍子の綴れ織り、意表を突いて出てくるハモンドとギターとの応酬、後半部でのアコギとピアノとの応酬ともなると、もはやジャーマンというよりむしろオランダのフィンチかと錯覚しかねない高揚さと熱気が全編を包み込んでいる。
厳かさとミスティックさが醸し出されたオルガンの残響に導かれ、サスペンスタッチなBGMをも想起させるメロディーラインが印象的な4曲目も、1曲目と並ぶ13分越えの大曲で聴き処満載である。
中間部から終盤にかけてのジャズテイスト溢れる一連の流れが小気味良くて素晴らしい。
ECMレーベル作品の雰囲気にも近い、強いて挙げるならジョン・アバークロンビーの名作『Timeless』(ヤン・ハマーのキーボードプレイにジャック・ディジョネットの名演が素晴らしい) をも連想させるなんてコメントは言い過ぎであろうか。
ラストを飾る5曲目は唯一Hendrik Schaperのヴォーカル入りで、ハモンドとクラヴィネットとのアンサンブルの絶妙さも加味されて、もはやここまでの流れともなるとクラウトロックというより、クロスオーヴァーなノリに近い第一級品なプログレッシヴ・ジャズロック珠玉の名演が存分に堪能出来て、さながらビール片手にゆったりとした気分で至福な時間が味わえそうだ。
こうして彼等はデヴュー作リリース直後、精力的な演奏活動と併行しながら次回作の為のレコーディングに取りかかり、幾多の困難の末漸くマスターテープ完成までに漕ぎ着けたものの、様々な資金面やら財政難が被さり、リリースしてくれるレコード会社すら見つけられず、結局心身ともに疲弊が重なりバンドとしての活動に限界を感じた彼等はバンドの解体を決意し、翌1972年次回作リリースが陽の目を見ないまま周囲から惜しまれつつシーンの表舞台から静かに去り自ら幕を下ろす事となる。
その後のバンドメンバーの消息に至っては現時点で判明しているところで、キーボーダーのHendrik SchaperとドラマーのJoachim Luhrmannの両名のみがテトラゴン解散以降も音楽活動を継続しており、特に前者のHendrik Schaperにあっては、その後ドイツ国内のクロスオーヴァー&ジャズロック界の大御所パスポートに1978年から1981年まで在籍し、その後は地道にフィルムミュージック等に活路を見い出し、近年ではUdo Lindenberg & Das Panik-Orchesterにも参加し、今なお現役として第一線で活躍中である。
Joachim Luhrmannにあっては数多くものセッション活動を続けてきたとの事であるが、近年では音信不通であるというのが現況みたいだ。
意外と思われるかもしれないが、テトラゴン解散以後たった一度だけバンドメンバーが再集結する機会に恵まれ、1973年最初で最後のバンド再編に向けての動きがあり、ベーシストのRolf Rettbergを除きHendrik Schaper、Joachim Luhrmann、そしてギタリストのJürgen Jaehnerの3名が一同に会し、新たなベーシストにNorbert Wolfを迎えた新布陣で新曲製作と録音に臨みライヴを数回行うものの、結局は期間限定的なノリによる短期間再結成だけに止まってしまったのが何とも悔やまれてならない。
時間だけが悪戯に過ぎ去った後の21世紀は2009年…2ndとしてリリースされる筈だったお蔵入りのマスターがリマスタリングを施された形で『Stretch』なるタイトルで突如としてリリースされる事となり、『Nature』のCDリイシュー化に追随する追い風となって大いに話題と評判を呼んだのは言うまでもあるまい。
更に3年後の2012年には、1973年に期間限定的に再結成された際に収録済みの新曲録音マスターが『Agape』なるタイトルでリリースされたのは記憶に新しいところであろう。
『Nature』と『Agape』の両作品、リマスタリング処理されただけに音質が格段に向上し内容自体の素晴らしさが手伝ってか、一時期かなりの評判と話題をこそ呼んだものの、いかんせん両作品ともデジタルペインティングを施したメンバーのフォトグラフを使用しただけという、やっつけ仕事にも似たジャケットが貧相過ぎるという嫌いがあるのがやや難点でマイナス面といったところであろうか (苦笑)。
当時遺された唯一のデヴュー作『Nature』も、過去に何度かフランスのムゼア始め、ロシアのMALS、果てはアメリカのLION ProductionsからCDリイシュー化され、ボーナストラックとして1973年再結成時に録られた14分強の貴重なライヴ音源“Doors In Between”が収められており、こちらの出来栄えも感動的で驚嘆に値する白熱の演奏が聴ける事請け合いである。

駆け足ペースでテトラゴンの唯一作を語ってきたが、改めて何度も反芻して聴き込む度に彼等の個性と音楽性、そして作品の持ち味の良さに感服する次第であるが、手作り感溢れるジャケット総じて…この本作品決して物珍しさとかレアアイテム級な範疇云々で語ってはいけない様な、そんな扱いをしたら逆に失礼ではないかと思えてならないのも、また正直なところですらある。
肩に変な力入れずどうかすんなりと音楽を楽しんでよと言わんばかりな、至極一般的な目線で万人に向けられたミュージシャンシップな精神で、尚且つポピュラー性に根付いた作品ではあるまいか。
21世紀を迎えた今のこの時代だからこそ、燦々とした陽光の下…美しい花々に囲まれながら自然回帰の精神に立ち返って、エコロジカルな視点と感性で改めて彼等の作品に接してみたいと思う今日この頃である…。
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