夢幻の楽師達 -Chapter 11-
今週の「夢幻の楽師達」は、秋真っ只中の10月の蒼天と陰影を帯びた曇天といった2つのイメージに相応しい、さながら大英帝国イギリスの気候とイマジネーションをも想起させる、伝承古謡と幻想物語を厳かで高らかに謳い奏でるブリティッシュ・プログレッシヴ界の幻獣“グリフォン”に再び焦点を当ててみたいと思います。
GRYPHON
(U.K 1972~)


Brian Gulland:Bassoon, Crumhorns, Recorders, Key, Vo
Richard Harvey:Recorders, Crumhorns, Key, Mandolin, G, Vo
Graeme Taylor:G, Key, Recorder, Vo
David Oberlé:Ds, Per, Vo
俗に言うブリティッシュ・プログレッシヴ5大バンド(フロイド、クリムゾン、イエス、ジェネシス、EL&P)を筆頭に、ムーディー・ブルース、VDGG、ソフトマシーン、GG、キャラバン、ルネッサンス…etc、etcの台頭に加え、ヴァーティゴ、ネオン、ドーンといった当時の新興レーベルが後押しした甲斐あって、70年代初頭に於ける大英帝国のプログレッシヴ・ロックは猫も杓子も十羽一絡げの如くジャズロック、ブリティッシュ・フォークをも内包した、まさしく有名無名をも問わないアーティスト達で大多数犇めき合ってシーンを形成していたと言っても過言ではあるまい。
そんな時代の潮流に呼応するかの様にブリティッシュ・フォーク、トラディッショナル系に重きを置いて発足され、大御所のペンタングル、ジョン・レンボーン、バート・ヤンシュ等を擁していた新興レーベルのトランスアトランティックを拠点に、今回本編の主人公であるグリフォンはレーベル側の強い後ろ盾と後押しもあって一躍世に踊り出る事となる。
1970年、ROYAL ACADEMY OF MUSIC(英国王立音楽院)の学友だったBrian GullandとRichard Harveyは在学中ロックとフォークをベースに中世宮廷音楽、ルネッサンス期バロック、そしてイギリスの伝承音楽とを融合した新たな音楽形態を模索しており、後にGraeme TaylorとDavid Oberléの学友2人を誘い4人編成でバンドを結成する。
「不思議の国のアリス」にも登場する鷲の頭部に胴体が獅子という空想上の幻獣(怪獣)グリフォンをバンド名に冠し、もとより音楽院で学位を取得し古楽器には心得があった事も幸いし、学園祭及び学内の様々なイヴェント、果てはイギリス国内のロックやフォークのフェスに参加しつつグリフォンはめきめきと腕に磨きをかけていき、1972年には前出のトランスアトランティックと契約を交わし一年間リハーサルと録音に費やして翌1973年バンド名をそのまま冠したデヴュー作をリリースする。
記念すべきデヴュー作はレーベル側のカラーと意向が強く反映されたであろう、凡庸なポピュラーミュージックの範疇からかけ離れた向きを感じされる完全なトラディッショナルフォークに根付いた、良くも悪くもとてもお世辞にもロックの流れとは言い難い土着的な趣と個性が強過ぎた、早い話…情熱と非凡な才能が開花した未完の大器を思わせる好作品として認識されるに留まったといえるだろう。
同様にバスーンやクルムホルン、リコーダーを多用した先駆的なサード・イヤー・バンドが奏でるダークでヘヴィなチェンバー系とは真逆に異なる、中世に生きる民衆の佇まい或いは明るく陽気なお祭りといったイメージを想起させる開放的な壮麗さは後々のグリフォン・サウンドの身上となったのは言うには及ぶまい。

しかしバンド側も流石にこれだけでは単なる顔見せ的な作品ではないかとの反省を踏まえ、弱点とも言えるリズムの強化を図るためにベーシストPhilip Nestorを加えた5人編成へと移行し、翌1974年バンドのマネジメント兼広報担当者だったマーティン・ルイスの発案で、イギリスの国立劇場で上演されるシェークスピアの「テンペスト」の戯曲にインスパイアされた楽曲を手掛ける事となり、演劇と音楽との共演の試みが功を奏しバンドは劇場にて演奏した長尺の曲をメインに、「テンペスト」の戯曲で綴られたフレーズの文節を引用した2nd『Midnight Mushrumps』をリリース。
アルバムタイトルでもありアナログLP盤A面全てを費やした18分強の大作は、70年代のプログレッシヴ史を飾る組曲形式の長尺大曲…「原子心母」「危機」「タルカス」「サパーズ・レディ」等といった一連の名曲群にも引けを取らない、圧倒的なダイナミズムこそ希薄だが緻密で且つ壮麗な佇まいと森の神話を綴るシェークスピアの世界とが見事に融合し名実共に彼等の代表作へと押し上げたエポックメイキングな一枚として語り継がれていくのである。

2作目の成功で漸くバンドとしての乗りの良さを身に付け、そのままの熱気とテンションを保持したまま弾みと勢いで臨んだ彼等は、同年末に同じくシェークスピアの戯曲にインスパイアされた3rd『Red Queen To Gryphon Three』をリリース。
英国のロマンティシズムに裏打ちされた意匠のイメージと寸分違わぬ、クラシカル&トラディッショナルな要素とシンフォニック・ロックとしての聴き処と魅力が増し、前作と並ぶ代表作でありながらもプログレッシヴ・バンドとして格段の成長が窺える彼等の人気を決定付けた最高傑作と言えるだろう。

こうして一年間に2作品をリリースするといった一見無謀と思えるハイペースながらも、高度な音楽性並び水準と完成度の高さは決して落ちる事無く、バンドとしてのステイタスそして2つの代表作を確立出来た事を考慮しても、1974年はグリフォンにとって非常に意義のある一年だったように思えてならない。
特筆すべきはこの3作目から以前にも増してシンセサイザーを含むエレクトリック系楽器の使用率が全体の7割近くを占める様になった事だろうか。
中世古謡をロック寄りへアプローチさせる手法を更に強く前面に押し出している辺りなんか、さながら当時全盛を誇っていた同系統のGGやフォーカスにまるで対抗しているかの様で非常に興味深いところでもある。
そんな順風満帆な軌道の波に乗っていた彼等も、時流の波がプログレッシヴから次第にパンクやニューウェイヴへと移行し出した時同じくして、1975年を境に少しづつではあるが自らのサウンドアプローチにも変化の兆候が見られ始める。
イエスの前座として同行した英米ジョイントツアーを経た彼等は、その時に得た経験を活かし更なるプログレッシヴ・バンドとしての自覚とカラーを強めていき、古楽器を用いたトラディッショナルな風合いと趣は徐々に影を潜めていく。
ベーシストPhilip Nestorが抜け新たな後釜としてMalcolm Bennettを迎え、1975年にリリースした通算第4作目の『Raindance』は、蓄音機に耳を傾けるヌーディーな紳士が描かれた…今までのグリフォンの世界観には見られなかったモダンな感を与える意匠となっており、新たな試みと取る向きとあきらかにミスマッチという意見が真っ二つに分かれたバンドとして初の賛否分かれる作品にして、長きに亘り在籍していたトランスアトランティックレーベルからの実質上最後のリリース作品になってしまった事が何とも皮肉な限りである。
イエスに触発されたであろうロックでポップスな側面が更に強調されながらも、以前にも増して従来通り高水準なグリフォンサウンドが楽しめる一方で、英国の伝承音楽風の趣とはかけ離れた…即ちトランスアトランティックが持っていたカラーとは異なる極端なまでのスタイルの変化は多くのファンを戸惑わせ、作品全体の散漫な印象と相まってかなりの数のファンが離れていったとも聞いている。
当然の如くアルバムの売れ行きは落ちセールス的にも低迷し、トランスアトランティックの経営難に伴い契約解除となった彼等に更に追い討ちをかけるかの如く、長年苦楽を共にしてきたGraeme Taylor、そしてベーシストMalcolm Bennettまでもが脱退という不運の連鎖続きで、グリフォンは結成以来最大の危機に直面する事となる。


レーベルからの契約解除通告を機に彼等は一年間活動休止状態となり、新たなメンバーの補充と作品リリースの為のレーベル契約に東奔西走の日々を送る事となったが、程無くしてEMI/Harvestと好条件で契約に漕ぎ着け、翌1977年新たな3人のメンバーBob Foster(G)、Jonathan Davie(B)、そしてAlex Baird(Ds)を迎えた6人編成で(David Oberléはリードヴォーカルに専念)、『Treason』(“反逆”)という何とも意味深なタイトル名の5作目をリリースする。
大手EMIという事もあってか自由でのびのびとした雰囲気の中で製作された事を窺わせる、前作と同様イエス風なシングルヒット向けを意識したかの様なコンパクトな小曲揃いで構成され、出来栄えや完成度こそたしかに申し分無いものの、時代の流れの影響なのか一見するとHM/HRバンドのジャケットを思わせる何ともメタリックな質感の怪獣グリフォンが描かれたアートワークが災いし、英国の気品とロマンティシズムを湛えた薫り高いファンタジーの楽師達のかつて面影は微塵にも感じられなくなった事が何とも悔やまれてならない。
折りしも当時音楽シーンを席巻していたパンク/ニューウェイヴによる時流の波に抗う事も空しく、彼等の新たなる試みと挑戦は敢え無く失敗に終わり、更なるセールス低迷に拍車をかける形となった事でバンドは解散への道を辿り、グリフォンは人知れず幕を下ろし静かに表舞台から去って行ってしまう。
バンド解散から80年代以降にあってはメンバー各々の動向は知る由も無く、唯一判明している事といえば1979年にフランスはプログレッシヴ・フォーク界の大御所マリコルヌの『Le Bestiaire』にBrian Gullandがゲストで参加しているとのアナウンスメントが伝えられた位で、他のメンバーは決して表立ってマスメディアに登場する事も無く、大半は音楽の世界から離れて堅気の仕事に就いたか、或いは音楽院で修得した教職員の資格を活かして教壇に立ち音楽関連の育成、後進の指導に携わっているかのいずれかと思える。
…が、バンド解散後各メンバーが沈黙を守り続けているのを他所に、転機ともいえる90年代、ポンプロック勃発時とは全く違う方向に於いてプログレッシヴ・ロック復興の波が訪れるのと時同じくして、グリフォンの未発音源、果てはベストセレクションの形で集約されたボックスセットを含むCDが多数リリースされる様になり、これを機にグリフォンのメンバーを含め彼等を長年支持してきたファン達から復帰の声が寄せられる事となる。
21世紀に入ると未発のライヴ音源、BBCセッション時の音源をまとめたライヴCDまでもがリリースされ、グリフォン復帰の機運がますます高まる中、解散から実に30年後に当たる2007年バンドは公式サイト設立と共に新譜リリース予告のアナウンスメントを公表し、れらを埋め合わせするべく長期のリハーサルを経て、2009年6月6日ロンドンはクイーンエリザベスホールにてたった一夜限りの再結成ライブを開催し(チケットは即完売!)、デヴュー時のオリジナルメンバー…Brian、Richard、Graeme、Davidがステージ上に再び顔を合わせると同時に客席からは割れんばかりの歓喜の嬉し涙と共に拍手喝采に包まれたのは言うまでもない。
更なるステージサプライズとして『Treason』に参加していたベーシストJonathan Davieまでもが参加すると会場の熱気は一気にヒートアップし、グリフォンとしてバンド史に於いて最高潮の素晴らしいライヴパフォーマンスとして記憶される事となる。
2015年、グリフォンはイギリス国内の芸術センターを皮切りに、フェスティバル会場果てはミュージッククラブ等での更なる再結成ツアーを発表後、サーキットと同時進行で着々と新譜リリースに向けてのレコーディングに取りかかり、まだ記憶に新しい2018年秋、実に41年ぶりの通算6枚目に当たる待望の新譜『ReInvention』をリリース(残念ながらRichard Harveyは不参加であったが)。
オリジナルメンバーのBrian Gullandを始めGraeme Taylor、そしてDavid Oberlé、そしてGraham Preskett、Andrew Findon、Rory McFarlaneという3人の新メンバーを加えた布陣で臨んだ最新作は、アートワーク総じてまさしく期待通りの…あの70年代の頃と何ら変わり無いグリフォン・サウンドが存分に堪能出来る素晴らしい内容であったのは言うに及ぶまい。


こうして再び順風満帆な追い風に乗った幻獣グリフォンの神々しい大きな翼が、いつの日か日本国内に舞い降りて眩惑の宴を奏でる夢物語みたいな事を大いに期待したいところでもあるが、果たして…?
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