夢幻の楽師達 -Chapter 13-
今週の「夢幻の楽師達」は、涼やかな秋風と青空という時節柄のイメージに相応しい70年代フレンチ・ロックきっての抒情派の旗手にして、21世紀の今もなお硝子細工の様に壊れやすく繊細な情感を瑞々しく歌う“タイ・フォン”を取り挙げてみたいと思います。
TAÏ PHONG
(FRANCE 1975~)


Khanh Mai:Vo, El-G, Ac-G, Slide-G
Tai Sinh:Vo, B, Ac-G, Syn
Jean-Jacques Goldman:Vo, El&Ac-G
Jean-Alain Gardet:Key
Stephan Caussarieu:Ds, Per
「我々はフランス人のグループではない。フランス出身のグループであり、イギリスのイエス、イタリアのPFM、或いはギリシャのアフロディティス・チャイルド等と同じジャンルの音楽を演奏している」
プログレッシヴ・ファンなら、もう既にお馴染みのプログレッシヴ・ロック史上に残るであろうキャッチコピーにして名台詞、当時の有力な音楽誌“ROCK&FOLK”のインタヴューに応えているバンドの中心的存在Khanh Maiの言葉である。
ベトナムとフランスのハーフKhanh MaiとTai Sinhの兄弟を中心にJean-Jacques Goldman(本職業は銀行マンで、彼もポーランドとドイツのハーフである)、Jean-Alain Gardet(エルトン・ジョン始めジェネシス、クラシック、ジャズから多大なる影響を受けている)、Stephan Caussarieu(ビル・ブラッフォードのファン)の5人編成で、75年1st『Tai Phong』とシングル・カットの名曲“Sister Jane”で、大手のワーナーから期待を一身に背負って華々しくデヴューを飾り、“Sister Jane”の世界的な大ヒットが功を奏し(皮肉な事に大御所アンジュ以上に)、俄かにフランス産プログレッシヴの旗手として注目を浴びる次第となった。

鮮烈なデヴューを飾ったタイ・フォン(日本では当時“タイ・フーン”と紹介)であるが、彼等を紹介するに当たって必ずといっていい位“Sister Jane”が引き合いに出される事に…まあこれも有名税であるが故にいた仕方の無い事であると思うものの、決してそれだけで終始している訳ではなく“Goin'Away”始め“Crest”みたいな軽快で且つ抒情的な歌メロとのバランスがしっかりと取れたリリシズム溢れるナンバー然り、独特のタイ・フォン節全開な“For Years And Years”、“Out Of The Night”、かの“Sister Jane”と互角に渡り合える最大の呼び声高い“Fields Of Gold”の美しくも泣き泣きのリリシズムも忘れてはならないだろう。
CD化に際しボーナス・トラック収録されたアルバム未収録のシングル2曲“(If You're Headed)North For Winter”、“Let Us Play”の素晴らしさといったら…(特に“Let Us Play”なんてPFMの“セレブレイション”も真っ青である)。
続く翌76年の『Windows』もデヴュー作と同様のメンバー編成で製作されているが、前デヴュー作以上の抒情的な高揚感に哀愁漂う甘く切ない泣きのメロディーとリリシズムが、もうこれでもか…と言わんばかりに高波の如く押し寄せてくる様は、まさに圧巻とでもいうか彼等の最高傑作の一枚に恥じない内容に仕上がっており、全曲甲乙付け難くどれを取っても素晴らしいが、特に2曲目の“Games”は“Sister Jane”に一歩も引けを取らない、否!出来映えとしては“Sister~”以上ではないだろうか。
1st並び2ndのカヴァー・アートに登場の…ジャパニメーション的なSFメカロボット風鎧武者からも取って分かるが、東洋人の血筋も流れているKhanhとTaiのエキゾチックなバック・ボーンもサウンド・スタイルに反映されていると言ったら言い過ぎだろうか?
顕著な例として『Windows』に収録のラスト“The Gulf Of Knowledge(邦題:探求の淵)”の東洋的趣味・志向性を思い出して頂きたいと共に、『Windows』のカヴァー・アートの色鮮やかな色彩感なんて、まさに由緒正しき日本庭園の春(鎧武者に桜の木々)を象徴しており、諸外国で売れていた当時にあっても一番日本人好みにして日本人に愛されたフランスのバンドではないかと思うが、如何なものだろうか…?

バンド本体はこのまま順風満帆で進んでいくのかと思いきや、キーボード奏者のJean-Alainが(後にタイ・フォンの兄弟的バンドと言われる)アルファ・ラルファ結成の為バンドから離れ、加えてシングル曲の音楽的方向性を巡って従来路線派のTaiとポップ指向のGoldmanとの対立が表面化し、結果的にTaiの脱退というバンドにとって最大の危機が訪れる。
バンドはベーシストにMichael Jones、キーボードにPascal Wuthrichの新たな2名を迎えて、79年3rdにして最終作の『Last Flight』(“最期の飛翔”とは何とも皮肉なタイトルであるが…)をリリースするが音楽的にはGoldman主導のポップがかった内容ながらも、それなりに聴き処がある佳作に仕上がっている。
過少評価で決して出来は悪くはないが、やはり1stと2ndの鮮烈さと感動の度合いひとつ取っても見劣りは否めないものの、そんな中でも以前のタイ・フォンらしい名残を感じさせるシングル曲の“Back Again”のリリシズム溢れるメロディーラインはもっと評価されても良いのではと思えてならない。
結果的に…タイ・フォンはGoldmanのソロ活動が本格化し、バンドは一時的に解体してしまうが、86年に突然KhanhとStephan両名によるタイ・フォン名義の時流の波に乗ったシングル“I'm Your Son”をリリースし(多数のゲストを迎えた中には、かのGoldmanも名を連ねている)、数年ぶりの新作アルバム発表という期待も囁かれていたものの、かのシングルリリース以降タイ・フォンは諸般の事情でまたもや再び長き沈黙を守る事となり、多くのファン誰しもが言葉を失い意気消沈し落胆の長い年月を送る事となったのは言うまでもあるまい…。
だが、月日は流れ…突如急転直下で運命の歯車は大きく動き出し、ミレニアムイヤーの2000年KhanhとStephanの2人がいよいよ本格的に活動を再開し、2人を中心に新たなるメンバーを加えたタイ・フォンは完全なる新生復活を遂げ、ムゼアから再結成アルバム『Sun』をリリース。
アートワークも再び鎧武者の威風堂々たるが姿が描かれた、作風楽曲総じてさながら70年代タイ・フォンの原点回帰に立ち返ったかの様な再出発を飾る事となる。

そして13年後の2013年、タイ・フォンはKhanhを主導とした(残念ながらStephanは脱退)、所謂Khanhの半ばソロ・プロジェクトに近い形で、多数にも及ぶゲストプレイヤーを迎えて通算5枚目の新作『Return Of The Samurai』を12曲入りCD-Rという意外な形でリリースするも、発表当初のアートワークに多分ファンの誰しもが呆然とした事だろう(苦笑)。
たしかに看板とタイトルに偽り無しといわんばかり、大太刀をかざしてアクションをとっている…さながらサムライウーマン或いはニンジャガールを連想させる格ゲーみたいなヒロインが描かれた意匠に微妙というか変な違和感を覚えた筈である(早い話があまりにも飛躍し過ぎてタイ・フォンらしくないという事だろうか)。
余談ながらもゲームソフトのパッケージ(!?)思わせる場違いみたいな雰囲気もよろしくないというのが正直なところでもあった(YouTubeの動画はまだニンジャガールのイラストのままだが)。

但し後日Khanh自身の口から語られた、誤解を解くかの様な説明を拝読すれば大なり小なりの納得が出来よう。
そもそも前作『Sun』をリリース以後に、Khanh自身が書き溜めていた楽曲をCD-Rサンプラーという形(テストプレスみたいなものだろうか)で1000枚限定で急ごしらえみたいなデザインで流通したもので、収録された曲もかなり出来不出来とバラつきがあった事も踏まえ、翌2014年改めて再リリースされた正規のワールドワイドプレス盤はリミックスとリマスターを施したKhanh自ら厳選した8曲を残し、アートワークも装いも新たにデヴューアルバムへのオマージュとおぼしき鎧武者の再登場と相成った次第である。
デヴューアルバムや2ndの頃の作風を期待するには多少無理があるものの、『Return Of The Samurai』という気概と精神を継承した21世紀サウンドスタイルのタイ・フォンともいうべき、ありのままの姿勢と決意がこの一枚に凝縮されているといっても異論はあるまい。

同年秋に待望の初来日公演を果たし、長年待ち続けたファンや聴衆はステージ上の彼等の雄姿に歓喜と感動の涙を流しつつ惜しみない拍手と喝采を贈った事は今も記憶に新しいところであろう。
近年にリリースされる最新作の準備を控えて、Khanhを中心に現在曲作りとリハーサルの真っ最中との事だが、人間味というか円熟を帯びた彼等がこの先どんな曲想と展開で私達に夢見心地を与えてくれるのか…その時まで暫し期待して待とうではないか。
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