夢幻の楽師達 -Chapter 16-
今週の「夢幻の楽師達」は、21世紀今日のフレンチ・ロックシーンにおいて、70年代以降の大御所クラスでもあるアンジュ、アトール、ピュルサー、果ては現在のロック・テアトルの雄ネモと並び、今やフランスの代表格にまで上り詰めた“ミニマム・ヴィタル”に焦点を当ててみたいと思います。
MINIMUM VITAL
(FRANCE 1983~)


Jean Luc Payssan:G,Per,Vo
Thierry Payssan:Key,Per,Vo
Eric Rebeyrol:B
Christophe Godet:Ds,Per
今となってはもうだいぶ語り尽くされた感があるが、1968年の5月革命を境にフランスのロックシーンはその産声を上げたと言っても過言ではあるまい。
黎明期のマルタン・サーカス、エデンローズ、レッド・ノイズ、コミンテルン…等を皮切りに、アール・ゾイから派生した大御所のマグマ、そしてザオ、多国籍の混成によるゴング、本格的なロック・テアトルの租とも言えるアンジュが台頭しつつ、ことシンフォニック系列にあっては後にクリアライト、ワパスー、ピュルサー、アトール、タイ・フォン、モナ・リザ…等を輩出し、70年代後半までフレンチ・シンフォはその隆盛を極めるまでに至った次第である。
80年代以降になると、ムゼアレーベル発足までの間、プログレッシヴ=シンフォニック系は良くも悪くも一気にマイナー指向なアンダーグラウンドへと活動の場を移し、その当時の殆どが自主製作にとどまる事となるのは最早説明不要であろう。
そんな厳しい状況下、アジア・ミノール始め、アラクノイ、テルパンドル、オパール、ウルド、ネオ、ウルタンベール、ステップ・アヘッド…等は、自主製作という範疇・制約にも拘らずフレンチ・ロック史に燦然と輝く名盤を遺していき、その輝かしいフレンチ・シンフォの系譜は、後の1986年…プログレッシヴ・オンリーのムゼア・レーベル発足と共に、今日にまで至る多種多彩にして十人十色、百花繚乱の如きシンフォニック・ロックシーンのメインストリームとして確立していく事となる。
そして…レーベル発足当時のジャン・パスカル・ボフォ、エドルスと共に一躍ムゼアの顔として台頭したのが本編の主人公ミニマム・ヴィタルである。
1983年。フランス南西部のワイン生産地でもあり輸出港として名高いボルドーにて、一卵性双生児でもある双子の兄弟…ギターを担当の兄Jean Lucとキーボード担当の弟ThierryのPayssan兄弟を中心に、ミニマム・ヴィタルは結成された。
当初は彼等も他のフランス国内のプログレッシヴ系バンドと同様に、ブリティッシュ系に触発された形(特にジェントル・ジャイアント辺りからと思われるが…)で創作活動を開始するが、年数を重ねていく毎に自国のマリコルヌやアラン・スティーバルといったフレンチ・トラッド系の要素と融合を試みつつ、独自のバンドのカラーとオリジナリティー、方向性、アイデンティティーを確立するまでに至った次第である。
2年間もの度重なるリハーサルと録音期間を経て1985年、彼等は実質的なバンドのデヴューに当たるテープ作品『Envol Triangles』をリリースする。完成度から言っても、まだ多少荒削りでアマチュア臭さこそあれど、後々の洗練されたヴィタル・サウンドの磨かれる前の光沢を放つ原石をも思わせ、新人離れした感のサウンドスカルプチュアは、まさしく未完の大器を思わせると言っても差し支えはあるまい。
当時のメンバーは先に紹介したPayssan兄弟に加え、結成当初からのオリジナル・メンバーでもあるベーシストのEric Rebeyrol、そしてドラマーにAntoine Fillon、女性フルート奏者Anne Colasの5人編成であったが、テープ作品をリリース後ドラマーとフルートが脱退、後任のドラマーとしてChristophe Godetを迎えた4人編成で新たな再スタートを切る事となる。
デヴューリリースしたテープ作品はフランス国内外にて高い評価を得、同時期に発足したムゼアの目に留まるまでにそんなに時間を要しなかった。
1987年にムゼアからリリースされたシンフォニック・コンピレーションアルバム『Enchantement』にて、大御所のアンジュ、ピュルサー、アトール(クリスチャン・ベヤのソロ形式)、ジャン・パスカル・ボフォ、エドルス…等と共に参加し新曲1曲を提供。その一方で同時併行して正式なデヴューアルバム製作に時間を費やす事となる。
同年末にリリースされた正式なデヴューアルバム『Les Saisons Marines』は期待に違わぬ、まさにミニマム・ヴィタルというバンドの幕開けに相応しい、テープ作品以上のポテンシャルと完成度を持った記念すべき第一歩と成り得たのである。

変幻自在にして音楽的素養・教義の深さを感じさせる兄Jean Lucのギターも然る事ながら、ヴィタル・サウンドに色彩と奥行きを添える弟Thierryのリリシズム溢れるキーボード、強固で且つ堅実なリズム隊、ゲストの女性ヴォーカルを縦横無尽に駆使した音空間は、時に中世宮廷音楽を思わせ、フレンチ・トラッドに裏打ちされたアコースティックなカラーとクロスオーヴァーが違和感無く融合した唯一無比な“音の壁”だけがそこにあった。
ちなみに後年の1992年、先に紹介した正式デヴュー以前リリースのテープ作品とLPでリリースされたデヴュー・アルバム共に2in1の形でCD化されデヴューアルバムのデザインを基に若干意匠と装丁に変化が加えられている事も付け加えておく。
フランス国内外にて好評を博したデヴュー作を追い風に、本格的なCD時代に突入した90年代。時同じくして1990年発表の第2作目『Sarabandes』は、彼等にとっても非常に意味のあるエポックメイキングな完成度を伴った名作級に仕上がったと言えよう。
デヴュー作以上に洗練された楽曲に緻密に綴れ織られたアレンジ能力、ディジタリティーながらもアコースティックな感触、90年というアップ・トゥ・デイトな同時代的感覚がバランス良く盛り込まれた意欲作に仕上がっている。
彼等の創作意欲はとどまる事無く、3年後の1993年リリースの3作目『La Source』においては、デヴュー当初から続いていた演奏重視のインストゥルメンタル・オンリーなスタイルから、ヴォーカルとのバランス良い比率を融合したスタイルに移行した、なかなか冒険的で且つ意欲的な作風に仕上がっている。
冒頭1曲目で一瞬軽快なダンサンブル路線に変わったかと思いきや、そこには従来通りのヴィタル・サウンドがしっかりと根付いている事を忘れてはなるまい。
そもそも3rdの本作品、リリース当初のプランでは創作舞踊劇をモチーフにした作風になるとの事だったそうな…。

その証拠を裏付けるかの様に、95年にムゼアから発売されたビデオテープ・オンリーのプロモ映像では3rdの収録曲“Ann Dey Flor”の冒頭で女性舞踊家が華麗に舞うシーンが曲のイメージ通り実に印象的ですらある。機会があれば是非御覧になって頂きたい…。
しかし、この…ほんの僅かな路線転換が本当の理由かどうかは定かではないが、長い間苦楽を共にしてきたドラマーのChristophe Godetがバンドを脱退してしまう。
この思いもよらぬ青天の霹靂の如き出来事はバンド活動に多かれ少なかれ影響を及ぼし、ミニマム・ヴィタルが一時的とはいえ、あわや解体寸前という危機にまで陥ったのは余り知られてはいない。
そんな直面した難局を無事に乗り切り今日にまで至る背景には、やはりミニマム・ヴィタルにとって心強い新戦力としてのみならず、バンドの更なる新たな方向性を見出す契機にもなった女性ヴォーカリストSonia Nedelecの存在を抜きには語れないであろう。
新加入のSoniaと共に、ドラマーとしてCharly Bernaを迎えた5人の編成で臨んだと同時期に、アメリカやメキシコ、ヨーロッパ各国で開催されたプログ・フェスの招聘が彼等を更に勇気付け、プログ・フェスでの各国のプログレッシヴ系バンドとの新たな出会いと交流が更なる新作へのインスピレーションへと結び付けたのは言うまでも無い。

前作から5年後の97年にリリースされた通算4作目の『Esprit D’Amor』は、歌姫Soniaと共にゲストで参加した女性Voとのハーモニー+ヴィタル・サウンドとの相乗効果が存分に発揮された快作に仕上がっており、プログ・フェスでの経験が活かされたワールドワイドな視点と拡がりを想起させる“Brazilian Light”や“Modern Trad’”といった歌曲は、今までに無かったヴィタル・サウンドの新たな可能性と新機軸を見出せる事が出来る。
翌年、彼等初の1CDライヴ・アルバム『Au Cercle De Pierre』がリリースされる。ヴォリューム的には1CDというのが物足りない感がするもののエンハンスド方式にパソコン経由でライヴ画像とフォトの閲覧が出来るという画期的なものであった。
ただ…やはり本音を言えばミニマム・ヴィタルの様なベテランクラスともなれば2CDライヴの方が(ヴォリューム的にも)似合っていると思うのだが…。
バンドそのものは充電期間とも停滞期間とも揶揄されつつ暫し沈黙を守り続けるが、21世紀を迎えた2001年、新たな動向として双子のPayssan兄弟を中心としたプロジェクト“VITAL DUO”をスタートさせ、より中世古謡色とフレンチ・トラディッショナルを強めた『Ex Tempore』をリリースする。
ここでは単なる“もう一つのミニマム・ヴィタル的”な捉え方よりも改めてPayssan兄弟の創作する音楽の根源と礎を再確認する上での、ある意味重要なファクターだったのかもしれない(後の2003年、VITAL DUO名義でプロモーション映像とライヴが収められたDVDもリリースされている)。
2004年、間にライヴを挟みつつも実に7年振りのスタジオ作『Atlas』では、またしてもドラマーがDidier Ottavianiに交代し、歌姫Soniaと共に新たに男性ヴォーカリストとしてJean Baptiste Feracciを迎えた6人編成となっている。
ギリシャ神話に登場する地球を背負う神アトラスと天文学とがインスパイアされた、壮大なイメージとクラシカルな中世古謡とのコンバインが絶妙にマッチした秀作とも言えよう。

その後2005年には双子の兄Jean Luc Payssan名義でアコースティック・ギター、マンドリン、ブズーキのみを主体としたソロ作品『Pierrots & Arlequins』をリリース。
レトロチックな感の意匠と音楽的な素養の深さを感じさせるアコースティックな音空間とがセピア色なイマジンを掻き立てる良質な作品に仕上がっており、改めてPayssan兄弟としての実力を見せつけた好作品としてそのコンポーズ能力には脱帽ものである。
2008年末にリリースされた通産6作目『Capitaines』では、もう完全にドラムレスで臨んだPayssan兄弟(兄弟でPerも兼ねる)、Eric Rebeyrol、Sonia Nedelecという少数精鋭の4人体制(MIDIドラムとハープ奏者が一部ゲスト参加)で、マーメイド或いはセイレーンをモチーフとした意匠に加え、前作の天文学に引き続き今作は海洋学がコンセプト・キーワードとなっている。
ややコンパクトに変化したかの様な印象を受けつつも、その実…前作と前々作で培われた音楽的経験が濃縮還元された、彼等の全作品中最も“今、自分達の演りたい音が完全に出来た”会心(渾身)の一作であるといっても過言ではなかろう。


現時点での最新作として記憶に新しい2015年の7作目にして初のCD2枚組となった『Pavanes』では神秘的な森で音楽を奏でる動物の楽師達といった風な、一見するとコミカルでさながら洋菓子のCM映像(!?)を思わせる様な意匠ながらも、本作品ではとうとうPayssan兄弟とEric Rebeyrolによるトリオ編成で各々がメインの楽器にパーカッションや管楽器に持ち替えたりといった本家GGをも意識した、少数精鋭にして音の壁が更に重厚で且つ濃密になったであろう…更なる極みの完成度を誇る傑作となったのは言うに及ぶまい。
そして昨年の2018年、4作目『Esprit D’Amor』に参加していたドラマーCharly Bernaが復帰し、バンドは久々に4人編成としてあたかも原点回帰したかの如く、現在次なる新譜リリースに向けて新曲のリハーサルとレコーディングに臨んでいるとの事。

年輪を積み重ねつつ今もなお現役にして、非商業ベースで独自の音楽観と世界観を形成し、弛まぬ創作意欲は決して衰える事無く現代(いま)を生きる彼等ミニマム・ヴィタルこそ、夢幻(無限)の地平線を歩む“匠”そのものではないだろうか。
彼等の「終わり無き旅路」はまだまだ続く…。
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