幻想神秘音楽館

プログレッシヴ&ユーロ・ロックという名の夢幻の迷宮世界へようこそ…。暫し時を忘れ現実世界から離れて幻想と抒情の響宴をお楽しみ下さい。

一生逸品 BIG SLEEP

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 今週の「一生逸品」は先日の「夢幻の楽師達」で取り挙げたアイズ・オブ・ブルー(EYES OF BLUE)の流れを汲み音楽的発展を遂げた、心機一転…改名後アンダーグラウンドな範疇ながらもその独特な個性と世界観で70年代ブリティッシュ・プログレッシヴムーヴメントに於いて、唯一無比の隠れた傑作と誉れ高い“ビッグ・スリープ”が遺した唯一作に今再び焦点を当ててみたいと思います。

BIG SLEEP/Bluebell Wood(1971)
  1.Death Of A Hope
  2.Odd Song
  3.Free Life
  4.Aunty James
  5.Saint And Sceptic
  6.Bluebell Wood
  7.Watching Love Grow
  8.When The Sun Was Out
  
  Gary Pickford‐Hopkins:Vo
  Ray Williams:G
  Ritchie Francis:B
  Phil Ryan:Organ, Piano
  John Weathers:Ds

 (あらすじ形式で)先日の「夢幻の楽師達」アイズ・オブ・ブルーより…1964年南ウェールズ地方の若者達Wyndham Rees、Ray“Taff”Williams、Ritchie Francisを中心に結成されたTHE MUSTNGSを母体に、ブリティッシュ・ロックの新時代に呼応した形でバンド名をアイズ・オブ・ブルーへと改名後、幾度かのメンバーチェンジを経てPhil Ryan、Gary Pickford‐Hopkins、そしてJohn Weathersを迎え、サイケデリックなサウンドスタイルにクラシカルでソフト&アートロックのエッセンスを融合させた彼等独自のオリジナリティーで徐々に頭角を現して、大手音楽誌メロディーメーカー誌主催のコンテストで優勝を飾ると同時に、老舗名門のデッカと契約を交わしカヴァー曲を含む「Up And Down / Heart Trouble」でシングルデヴューを飾るものの、セールス的に伸び悩むという辛酸を舐めさせられ、その後のシングルリリースもヒットには繋がらず結果的にデッカから放出され、マーキュリーに移籍後はデッカでの雪辱を晴らすべく精力的に創作活動に没頭邁進し、その結果ビートルズのカヴァーを含む3作目のシングル「Largo / Yesterday」で漸く相応のセールスと知名度を得てフランスと日本でもその名が知られる事となる。
 そんな紆余曲折と試行錯誤を経て1969年に待望のデヴューアルバム『Crossroads Of Time』をリリースし、漸く次への展望が見え始めた矢先、長年苦楽を共にしてきたオリジナルメンバーWyndham Reesがバンドを去り、5人編成に移行し同年末頃2ndアルバム『In Fields Of Ardath』と立て続けにリリースするものの、素晴らしい作品内容とは裏腹に予想と期待に反して売れ行きは伸び悩み、セールス不振に加えて商業的失敗という烙印を押された彼等はデッカに引き続きマーキュリーからも放出を余儀なくされてしまう…。
 このことでメンバーはすっかり意気消沈しバンドとしての活動も停滞気味に陥るが、唯一ドラマーのJohn Weathersだけはメンバーを励ましつつ、アイズ・オブ・ブルーを支え続けてきたプロデューサーLou Reizner共々バンドの起死回生を窺っていたが、2年後の1971年…プロデューサーの尽力の甲斐あってアイズ・オブ・ブルーはB&Cレーベル傘下の新興ペガサスレーベルと契約を交わし、バンド名も改め新バンドBIG SLEEP(ビッグ・スリープ)として再出発を図り、漸く70年代ブリティッシュ・ロックの第一線のバンドとして返り咲く事となる。 

 …と、ここまでがアイズ・オブ・ブルーが辿った道程のあらましであるが、精力的な活動に加え60年代末期から70年代第一期ブリティッシュ・プログレ黄金時代への架け橋的なポジションを担ったとはいえ、その概ねが不運と不遇一色だった1969年の嫌な思い出を一気に払拭せんと言わんばかり、ビッグ・スリープ改名後の彼等は心機一転と起死回生の如く新たに生まれ変わったバンドとして、時代相応に則ったサウンドスタイルとコンセプトを表明し、たとえそれがアイズ・オブ・ブルー実質上の3作目なんぞと揶揄されたとしても、もうそれは過去の事と振り切った潔さと気概すらも禁じ得ない。
 アイズ・オブ・ブルーの2nd期と全く変動の無い5人のラインナップであるが、改名し新たな再出発を図っただけに決して前バンドの延長線上ではない、サウンドスタイルの変化と発展に加え何やらタダナラヌ雰囲気のジャケットアートからもその意気込みと姿勢が顕著に窺い知れよう。
 言わずもがなやはり醜悪で邪悪な悪夢世界(ホラーゲームの『サイレント・ヒル』に登場しそうなクリーチャーか、或いは東映特撮ヒーローの名作『超人バロム1』に登場するウデゲルゲみたいだと揶揄する輩もいた…とか)が描かれた意匠を御覧になって、多かれ少なかれ中古廃盤専門店にて高額プレミア扱いで壁に掛かっていたとしても手を出すのも躊躇してしまいがちになるのはいた仕方あるまい(苦笑)。
 バンドの再出発にしてはあまりにミスマッチなデザインに賛否が分かれるところではあるが、メンバーの誰かが見た悪夢がモチーフになったとの逸話があったりと諸説あるものの、音楽活動に疲弊しセールス不振とレコード会社からの放出でメンバーの誰しもがトラウマに近いプレッシャーを抱いたまま、そんな見たくもない悪夢に苛まれていたのも大いに頷けよう…。
 むしろバンドを放出した以前のレコード会社や音楽業界の偉いさん達に対し、“こんな悪夢を見るくらいに傷ついた俺達の苦悩をお前ら分かっているのか!”と当てつけと言わんばかり、あたかもメジャーなレコード会社をも呪っているかの様な憤りすら感じるのは私だけだろうか(苦笑)。
 まあジャケットが何かと物議を醸している分、幾分損をしている感のビッグ・スリープの本作品ではあるが、醜悪な見た目に反し楽曲含め作品全体の内容としては、同年期のアフィニティーやスプリング、インディアン・サマー、グレイシャスの1st、クレシダの2ndと並ぶアンダーグラウンドな範疇ながらも正統派ブリティッシュ・プログレッシヴの伝統と王道を地で行く、やはり看板に偽り為しの言葉通り名実共に傑作級の名盤であると言っても過言ではあるまい。
          
 冒頭1曲目から泣きの旋律を帯びた感傷的でドラマティックなピアノが胸を打ち、さながらイギリス特有の陰影な空気と哀愁の冬空の下、枯葉が朽ちた田舎道を踏みしめながら歩く寂寥感にも似た筆舌し難い味わい深さが堪能出来るであろう。
 メロトロンを多用していたアイズ・オブ・ブルー時代とは打って変わって、本作品では大々的にストリング・セクションをバックに配し、かのイタリアの名盤クエラ・ベッキア・ロッカンダの2ndに負けず劣らずなクラシカル・ロックを創作しており、哀感に満ちた序盤から徐々にアイズ・オブ・ブルー時代の名残すら感じさせるであろう仄かな明るさを伴ったメロディーラインとコーラスパートに転調する様は、まさしく新バンドとしてのプライドと面目躍如すら聴き手に抱かせるオープニングに相応しい好ナンバーと言えるだろう。
 終盤にかけて再びストリング・セクションとピアノ、ハモンドによる序盤の流れを汲んだ哀感と憂い漂う曲想へ戻る辺り、タイトル通りの“希望ある死”そのものを謳っていると言えよう。
 崇高でややカトリシズム風で厳かなハモンドに導かれ、アコギとピアノに追随するかの様に歌われるバラード風な味のあるジェントリーなヴォーカルが印象的な2曲目も素晴らしい。
 思わず初期のZEPにも相通ずるブルーズィーでメランコリックなメロディーラインに心揺さぶられ、中間部から終盤にかけての思わず意表を突いたかの様なロックロールな転調すらも何ら違和感を感じさせない曲作りの上手さには脱帽ものである。
 2曲目に負けず劣らず3曲目もソウルフルでブルーズィーな旋律全開で、あの当時の時代感と空気をたっぷり含んだ英国ロックの懐の広さが垣間見える。
 如何にも70年代を感じさせるハモンドの使い方に、あの独特の時代の音色に魅入られた方々には背筋が凍りつく位な衝撃と感銘が再び甦ること必至と言えよう。
 4曲目、小気味良くて1曲目とはまた違ったドラマティックさを醸し出したピアノをイントロダクションに、アイズ・オブ・ブルー期で感じられた初々しさにも通ずるお洒落でどこかノスタルジックすら感じさせるブリティッシュ・ポップ・フィーリング溢れる素敵な小曲で、個人的には一番好きなナンバーと言えるだろう。
 ルネッサンス期のバロック音楽をも彷彿とさせるアコギとハモンドのイントロに、思わずフォーカスの面影すらも連想させる5曲目は、ブリティッシュ・クラシカルロック全開の好ナンバーで、ワウ・ギターとドラムのギミックに加えてストリング・セクションが厳かに被り渾然一体となった様は絶妙の域を超えた感動以外の何物でも無い。
 PhilのハモンドとWeathersの軽快なドラミング、そしてコーラスパートに往年のイタリアン・ロックの幻影をも見る思いであると言うのは些か言い過ぎだろうか…。
          
 収録された全曲中唯一10分越えの長尺でアルバムタイトルでもある6曲目に至っては、説明不要の名曲と言っても異論はあるまい(ちなみにオリジナルアナログ原盤ではB面の1曲目に当たる)。
 黄昏時のイマジネーションを抱かせるような悠然とした音の流れ…ハモンド、ピアノ、そしてさり気なく挿入されるメロトロン、ゲスト参加のサックスとフルートが歌メロにコンバインし、動と静のバランスから楽曲の緩急に至るまで中弛み一切無しで一気に聴かせるメンバーの演奏技量とコンポーズ能力には舌を巻く思いですらある。
 終盤にかけて怒涛の如く白熱を帯びた各メンバーのせめぎ合うサウンドの応酬に、もはやサイケデリアやアートロック云々の概念をも超えた純音楽的な感動すら覚える。
 白熱を帯びたエネルギッシュな6曲目の余韻を残したまま、クールダウン的な趣と流れに辿り着いた7曲目は静謐で緩やかなポップフィーリングを奏でるピアノにハートウォーミングなヴォーカルが英国ポップスの伝統を感じさせる印象的な小曲に仕上がっている。
 ロンドン老舗のマーキークラブでのステージを一瞬思い浮かべてしまう粋なナンバーと言えよう。
 ラストは意外や意外…劇的でクラシカルなナンバーで占められていた本作品に於いて、唯一ビートルズ直系リスペクトな趣が堪能出来て、ハンドクラッピングが何とも小気味良いモータウン風ロックンロールなナンバーに思わず面食らってしまうものの、“ミスマッチ!!”と幾分否定的になるリスナー
の声なんぞ物ともしない、まあ…如何にも図太い神経を持った彼等らしい心憎い演出には完敗と言わざるを得ない。
 逆に言い換えれば彼等の音楽に対する真摯な姿勢と懐の広さ、果てはヴァラエティーに富んだひき出しの多さには改めて感服するとしか言い様があるまい。

 …が、しかし悲しいかなこれだけ独創性に富んで意欲的に満ち溢れた画期的な好作品であるにも拘らず、時代の波に乗る事無くセールス的にも伸び悩み、彼等の新たなる挑戦は敢え無く完敗し(やっぱりジャケか!?)、ビッグ・スリープはそのバンドネーミング通りの道を辿り、その“大いなる眠り”の如く静かに幕を下ろし表舞台から人知れず去っていったのである。
 その後の各メンバーの動向と消息については各方面でかなり触れられているので、要約するとヴォーカリストのGary Pickford‐Hopkinsはビッグ・スリープ解散後、ジェスロ・タルのベーシストだったGlenn Cornick と共にワイルドターキーを結成し(一時期John Weathersも参加していた)、アルバム2枚をリリースし解散後はリック・ウェイクマン始め山内テツと共に活動を共にし、その後は旧知の元メンバーだったRay Williamsと再び合流しブロードキャスターを結成。
 2003年には初のソロアルバム『GPH』、2006年には先のワイルドターキーを再結成し『You & Me In The Jungle』をリリースし話題を呼ぶものの、残念な事に2013年に不治の病に倒れ帰らぬ人となってしまう。
 Ray Williams、Phil Ryan、John Weathersの3人はビッグ・スリープを経て、ピート・ブラウンのバックとしてレコーディングに参加した後、各々が目指すべき道へと活路を見出していく。
 John Weathersはもう御存知の通り、Gary Pickford‐Hopkinsの誘いを受けて先にも触れたワイルドターキーに籍を置いていたものの、長い間の演奏活動続きで心身ともに疲弊してしまい、音楽関連から一時期身を引いて介護施設の看護士やカーペットの運搬で生計を立てていたそんな矢先に、旧知
の間柄だったジェントル・ジャイアント(GG)のシャルマン兄弟からの誘いで、GGの3代目ドラマーとして加入し以後バンド解散までGGの黄金時代を支え、解散後はPhil Ryanからの誘いでマンに参加したり再結成したワイルドターキーにも関わっていたが、その後大病を患って事実上音楽活動からも遠ざかり半ば引退に近い形で今日に至っている。
 Phil RyanとRay Williamsは今でも親交があり、Philに至っては長年出入りを繰り返しているマンに現在もなお関わっており、PhilとRayの連名によるニュートロンズでの活動並び先のピート・ブラウンとのユニット活動でも有名である。
 ベーシストのRitchie Francisは1972年にソロ作品を発表後、その後の消息は残念ながら分からずじまいであるのが悔やまれる…。
 60年代末期以降から今日に至るまで、栄光と挫折、紆余曲折、自問自答、試行錯誤の繰り返しで、浮き沈みの激しいブリティッシュ・ロックシーンの長き歴史に於いて、自らの青春と情熱を創作活動に投じてきた5人の若者達は時に笑い…時に憂い悲しみ…時に憤り…時に打ちひしがれながらも、一生懸命もがき、自らの信念に沿ってあがき続けて人生を謳歌したきた次第であるが、彼等の作品が世代と世紀を越えて今もなお愛され続け、燻し銀の如き光明と輝きを放ち続けている限り決して時代の敗者では無いという事を声を大にして言っておかねばなるまい。

 彼等の唯一作のタイトルでもあるBluebell Woodをネットで検索すると、それは“ブルーベルの森”という意を表しており、4月から5月にかけて開花するラベンダーブルーで釣鐘状の花弁を持つイングリッシュ・ブルーベルが密集して咲き乱れて、まるであたかもカーペット状に覆われていく様の総称であるという事を付け加えておきたい。
            
 彼等は決して日陰に咲く花ではなく、燦々と光が降り注ぐ太陽の下で栄光を夢見続けた誇り高き美しい花でもあり、大いなる眠り=大いなる夢見人であったのかもしれない。
 醜悪なジャケットがマイナスイメージあるという事に臆する事無く、自らが描く音世界に素直な気持ちで臨み志高く英国のロックシーンを駆け抜けていった彼等の勇気と飽くなき挑戦に、私達は改めて敬意を表し今こそ心から大きな拍手を贈ろうではないか。
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Zen

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