幻想神秘音楽館

プログレッシヴ&ユーロ・ロックという名の夢幻の迷宮世界へようこそ…。暫し時を忘れ現実世界から離れて幻想と抒情の響宴をお楽しみ下さい。

一生逸品 ARACHNOID

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 2019年師走も半ばに差しかかった今週の「一生逸品」は、70年代後期フレンチ・プログレッシヴきっての異彩(異才)にして、ダークサイドな凝視で漆黒の闇夜を彷徨うかの様な幻夢を堪能させてくれる、名実共に暗黒の申し子に相応しい闇のエナジーを現在もなお神々しく放ち続ける“アラクノイ”に焦点を当ててみたいと思います。

ARACHNOID/Arachnoid(1978)
  1.Le Chamadere/2.Piano Caveau/
  3.In The Screen Side Of Your Eyes/
  4.Toutes Ces Images/5.La Guepe/
  6.L'adieu Au Pierrot/7.Final
  
  Patrick Woindrich:B, Vo
  Nicolas Popowski:G, Vo
  Francois Faugieres:Key, Vo
  Pierre Kuti:Key
  Bernard Minig:Ds
  Marc Meryl:Vo, Per

 個人的な見解で恐縮だが…アラクノイの音楽に接する度に横溝正史の『夜歩く』を連想してしまう。
 それはあたかも意識が無いまま何かに取り憑かれたかの如く彷徨う(今でこそ禁句であるが)夢遊病者を思わせて、狂気と錯乱、苦悩と戦慄、悪夢と現実の狭間を聴く者の脳裏にまざまざと映し出す、そんなミスティックでカルトな香りすら禁じ得ない。

 70年代全般のフランスのプログレッシヴ・ロックは、花の都パリをも思わせる“百花繚乱”の言葉通り、マグマ、ゴング、ザオを筆頭格とするジャズ・ロック系、アンジュ、アトール、モナ・リザ、ピュルサー、タイ・フォン、ワパスー…等といったロック・テアトル路線を含んだシンフォニック系の
2つの動きが主流を占めていたのは周知の事であろう。
 時は流れ70年代に隆盛を誇ったフレンチ・プログレも、極一部を除いて活動休止ないし解散に近い状態にまで追い込まれ、イギリスやイタリアと同様…活動範囲をアンダーグラウンドな領域へと移行しつつ地道に生き長らえるしか術が無かった冬の時代を迎えたのである。
 そんな70年代後期と80年代の境目であるエアポケットともいうべき一種独特な時代背景のさ中、今回の主人公でもあるアラクノイは自らのバンド名を冠した唯一作を世に送り出した。
 アラクノイが初めて世に知れ渡ったのは、80年代初頭マーキー誌を経由して片翼とも言うべきもう一方の雄テルパンドルと共に70年代後期フレンチ・プログレの隠れた傑作として紹介されたのが契機であった。
 その死語にも等しいニューウェイヴ然としたジャケットの装丁と意匠に、多くのプログレ・ファンは困惑しある者は疑心暗鬼にならざるを得なかったというのも仕方あるまい。
 そんな余計な下馬評を覆すかの如く、半ば諦めにも似た期待と不安を抱いて作品を耳にした者達は皆一様に感動と興奮で高揚し、『太陽と戦慄』『暗黒の世界』の頃のクリムゾンの再来にも似た旋律(戦慄)とカタルシスが再び呼び覚まされ驚愕したのは最早言うに及ぶまい。
 バンドネーミングも“蜘蛛”という如何にも毒々しいイメージを孕んだ相乗効果(蜘蛛を表現した手のフォトグラファーのジャケット意匠含めて)が功を奏し、アラクノイは入手が極めて困難な高額プレミアムが付いてしまったにも拘らず、瞬く間に人伝を介して評判と話題を呼ぶに至った次第である。

 バンド結成の経緯に至っては、残念ながら私の拙くも乏しい語学力ではなかなか解する事が出来ず、ここは概ねある程度掻い摘んで分かったところで、ベーシストでリーダー格と思われるPatrickが、1972年に学友達と結成したバンドがルーツと思われる。
 その頃はもうバンドの核とも言うべきFrancoisと、東欧・ロシア系の血筋と思われるNicoiasが既に参加しており、影響を受けたアーティストというのも多種多彩で…クリムゾンも然る事ながらピンク・フロイド、ジミ・ヘンドリックス、ニール・ヤング、果てはビートルズにソフト・マシーン、ジェファーソン・エアプレーンといったところで、当然の事ながらその当時のバンドの方向性たるやまだまだあやふやなところが散見出来そうだが、1975年を境にバルトークを始めとするクラシックから影響を受けたPierre始め、Bernard、Marcが参加する頃になると、バンドの方向性も徐々に確立される様になった。
          
 肝心要の本作品のサウンドは、聴く者の脳裏に不安と緊張を促すかの様な機械的なシンセに導かれ流麗ながらもどこか仄暗く陰鬱なイメージのギターとファルフィッサ・オルガンが被ると、まるで罠の如く張り巡らされた蜘蛛の巣に絡まれた獲物がもがき苦しむかの様に、アラクノイが紡ぎ出す約50分近い悲劇と狂気の物語は幕を開ける(ちなみにYouTubeでは未発表曲とライヴアーカイヴを含めた1時間以上に亘る音世界が堪能出来る)。
          
 お国柄を反映したロックテアトル風な語りに近い演劇的なヴォイスに、徹底的に陰影を帯びたマイナー調の重苦しくもクリムゾンの言うところの金属的な旋律(戦慄)に支配された音の迷宮を彷彿とさせる緻密で複雑怪奇な曲進行…感情を捨て去ったメカニカルな曲展開に幼児の囁き、さざなみの様に寄せては返す悲しみのメロトロン等といった回廊の様な冥府巡りに、聴く者の心と魂は身体から遊離して(ウルトラQみたいだな…)完全に蜘蛛の巣の術中にはまり込んで抜け出せなくなっている事だろう。
 時に物悲しく嘆き、時に何かに取り憑かれたかの様に激昂しわめき散らす様なMarcのヴォイスの表現力は全編に亘って本当に素晴らしい。
 2曲目の機械的で無機質な感のピアノに導かれつつ暫し穏やかに聴き入っていると、いきなり“地獄の一丁目へようこそ”と言わんばかりなサディステックな旋律が畳み掛ける様に襲いかかり、貴方の魂はもう完膚無きまで蜘蛛の毒牙の餌食になってしまっている事だろう。
 本家クリムゾンの“人々の嘆き”を彷彿とさせる様なエロティックなギターの残響と唯一聴ける軽快なメロディーラインが印象的な3曲目も素晴らしい。
 ゲスト参加しているフルートの甘くどこか切なく渋味を帯びた演奏も味わい深い。
 余談ながらも実はこの3曲目にはちょっとした逸話があって、78年当時に初めて自主盤でリリースされた際、編集とマスタリングの段階でどういう訳か何らかの手違いが生じて、ジャケット裏にはちゃんとしっかり3曲目がクレジットされながらも、初出の原盤にはA面ラストの3曲目だけ丸々ごっそりと抜け落ちていたというから笑うに笑えない…。
 結果、1988年にムゼアから待望のLP再発された際に、この幻の3曲目が収録された完全版として漸くやっと陽の目を見る事となったのだが、まあ兎にも角にも何ともお騒がせなエピソードだった事に変わりはあるまい(苦笑)。
 3曲目フェードアウトの後を受けて4曲目のイントロは3曲目終盤部のフェードインから再び冥府巡りは幕を開ける。
 無機質+無感情でメカニカルな印象を湛えながらも金属質でヘヴィな旋律は更に加速しつつ、抒情と狂暴の狭間を応酬するメロトロンにオルガン、ギターの残響が無間地獄の宴を奏でている様は最早鳥肌ものと言えよう。
 冥府巡りも終盤近くに差し掛かると、蚊の鳴くようなか細くノイズィーで耳障りなシンセをイントロに、ジャズィーでシニカルな趣のロックンロールをバックに、台詞による語り部達の発狂を思わせる寸劇と狂騒が繰り広げられる異様な宴は、思わず耳を塞ぎたくなる怖いもの見たさと不安感が煽り立てられる。
 そして冥府巡りという悪夢から覚めたラスト“Final”に於いては、穏やかな朝もやの中の目覚めを思わせるギターとシンセの平和で詩情溢れるシチュエーションを思わせ、さながら美狂乱の“組曲「乱」~最終章〈真紅の子供たち〉”にも相通ずる唯一ピースフルなナンバーで締め括られるのかと思いきや、突如糸が断ち切られるかの如く不意を付く様に再びサディスティックにしてへヴィで狂暴な旋律と不協和音に襲われ、改めて出口の無い堂々巡りの悪夢は更に続くという驚愕な幕切れで本作品は終焉を迎える。
          
 さながら国こそ違えどイタリアのイル・バレット・ディ・ブロンゾ『YS』やビリエット・ペル・リンフェルノのラストをも想起させる邪悪なエナジーで終始した、フレンチ・ロックのアンダーグラウンドに於いて僅かたった一枚の作品だけで唯一孤高にして稀有な存在に昇り詰めたと言っても過言ではあるまい。

 理由を知る術こそ無いが、これだけのクオリティーとポテンシャルを持ちながらも彼等は唯一の作品を遺して自らを解体した次第であるが、リーダー格のPatrick Woindrichがその後ジルベール・アルトマン率いるアーバン・サックスの音響スタッフチームとして参加し、現在も数多くの音楽関連の仕
事をこなして多忙を極めており、Bernard MinigもPatrickと同様に後年数々のミュージシャン達とのセッションやバック等を務め今日までに至っている。
 ギタリストのNicolas Popowskiは音楽学校の講師、Pierre Kutiは弁護士への道を進み音楽活動から完全に退いている一方、Francois FaugieresとMarc Merylの両名は残念ながら既に鬼籍の人となっている。
 Marc Merylは1987年、そしてFrancoisは1995年移住先のブラジルで亡くなっており死因は定かではない…。

 徹頭徹尾なまでに漆黒の闇のエナジーを纏い邪悪なオーラを放ち、蜘蛛の毒牙に犯されたかの様な禁忌に満ちた唯一作を遺して、忘却の彼方へと去っていったアラクノイ。
 フレンチ・プログレッシヴという領域で、ティアンコ、ハロウィン、ネヴェルネスト、そしてシリンクスといったダークサイドなカラーを身上とした後継者が輩出されている昨今ではあるが、アラクノイに迫る禍々しさを伴ったバンドは未だ現れていないのが正直なところでもある。
 あの麻薬にも似た強迫観念なサディスティックで狂おしい戦慄の美学に再び出会える時は果たして巡ってくるのだろうか…?
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Zen

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