一生逸品 IVORY
今週の「一生逸品」は古今東西世界各国の21世紀プログレッシヴ・ロックバンドに今もなお多大なる影響を与えているであろうジェネシス…その息子達(チルドレン)の先駆け的存在となったと言っても過言では無い、かのポンプロック勃発=マリリオン登場以前に於いて、80年代ジャーマン・シンフォニック新時代の幕明けでもあり最高峰となった、名実共にジェネシス・フォロワー系の最右翼として絶大なる支持と賞賛を得ている“アイヴォリー”に、今再び焦点を当ててみたいと思います。
IVORY/Sad Cypress(1980)
1.At This Very Moment
2.In Hora Ultima
3.Sad Cypress
4.Time Traveller
5.My Brother


Ulrich Sommerlatte:Key
Thomas Sommerlatte:Key
Christian Mayer:Vo,G
Goddie Daum:G
Charly Stechl:B,Flute
Fredrik Rittmueller:Ds,Per
アイヴォリーの結成は1970年代半ばの75~76年頃と推定されるが、恐らくはプログレ・ユーロロック史上において最高齢のアーティストであろう、音楽家にしてベルリンの市民オーケストラの指揮者を長年務めていたUlrich Sommerlatte(1914年10月21日生まれ)を筆頭に当時まだ医学部の大学生だった息子Thomas Sommerlatteとその学友達による6人のメンバー編成で78年頃までアイヴォリーの母体とも言うべき音楽活動を行っていた。
Ulrich自身、70年代当時オーケストラ指揮者とは別の側面で既に地元ベルリンでは結構名が知れていた音楽家兼アレンジャーとして活躍していた一方で、息子のThomas自身も友人達と共にベルリンやミュンヘン郊外で数々のアマチュアバンドで腕を磨いていた音楽経験者でもあった。
そもそもアイヴォリー結成の動機たるや、1974年のイエスのヨーロッパ・ツアーのドイツ公演を息子のThomas共々と観に行ったUlrichが感動し、本業と併行させながらプログレッシヴ・バンドをやってみたいと、まさに一念発起の思いだったのだろう。
74年当時にして60歳 !? いやはや…誠にあっ晴れなパイオニア精神とはこの事であるが、ちなみにこの日を境にUlrichはイエスのみならずジェネシスやジェントル・ジャイアントといったブリティッシュ系のプログレを熱心に聴きまくっては自分達のサウンド・スタイルの模索に日々時間を費やす事となる。
1978年末から若干のメンバーチェンジを経て概ね一年近くを費やして録音されたデヴュー作にして唯一の作品『Sad Cypress』は、プログレッシヴを見限り安易な産業ポップ路線に走った本家ジェネシスとは全く正反対に、ゲイヴリエルないしハケット在籍時の独創性豊かな気運と精神を脈々と受け継いだ作風で、同世代にして同国のもう一方のジェネシス・フォロワーのノイシュヴァンシュタンと共に一躍脚光を浴び、ポップ化したジェネシスに愛想を尽かし見切りを付けた大勢のファンからも大いに絶賛され歓迎されたのは言うまでもあるまい。
余談ながらもUlrichが所有する音楽スタジオ(リハからレコーディングも可能な)が無料同然で自由に使えた事と、Ulrichの人脈の伝でジュピターレーベル(配給元はアリオラ)からリリースがすんなり決まったといった好条件の甲斐あって、アイヴォリーは地元のラジオ局並び活字媒体と言ったメディアからの好意的な後押しで一躍脚光を浴びる事となる。
それと同時期に1979~1980年にかけてジャーマン・シンフォは大いなる転換期を迎えており、エニワンズ・ドーターのメジャーデヴューによる台頭始め、エデンやルソーの登場といった活況著しいさ中に加えて、アイヴォリーを始めとする単発組の登場はシーンの活況に大いに拍車をかけたのは言うに及ぶまい。
『月影の騎士』の頃を彷彿とさせる音像をもっと崇高なイメージで綴った冒頭1曲目を皮切りに、ラテン語のヴォーカリストをゲストに迎え高らかに鳴り響くカリオンが印象的な2曲目、アルバム・タイトルでもあり深遠な森の中を木霊するリリシズムが胸を打つ3曲目の素晴らしさといい、唯一のインスト・ナンバーにして時空間を疾走し時として陶酔感やトリップ感をも堪能出来る4曲目の小気味良さ、3曲目と並ぶ作品中のハイライトとも言える5曲目は、欧州というイメージと相まって崇高な荘厳さと抒情性が聴く者の心の琴線を揺さぶる大作にして秀作とも言えよう。
ここまでがオリジナルLP原盤でのラインナップであるが、本来次回作の為のサンプルとして録られていたであろう未発のデモ音源4曲が後年の『Sad Cypress』CDリイシュー化に際しボーナストラックとして収録されているが、未発アーカイヴで寝かせておくには惜しい位に素晴らしく捨て難いものがある。
特に6曲目の“The Great Tower”だけでもリイシューCDを買う価値はあるとはっきり断言出来よう。
ラストナンバーの“Barbara”も、『Sad Cypress』の5曲目と並び負けず劣らず…おぼろげな月の光に照らし出された森と湖のヴィジョンを想起出来る、まさに彼等の音世界の終焉を飾るに相応しい涙ものの佳曲であろう。
ちなみに…ボーナストラックでのメンツは、UlrichとヴォーカリストのChristianのオリジナルメンバー2人に新加入のドラマーを加えた3人編成で臨んでいる(息子のThomasも間接的に協力しているが…)。
バンドそのものは唯一の作品を遺し、僅かたった数回のギグを行っただけで、バンドメンバーそれぞれの諸事情も重なり、Thomasは医師の道へ進み、各々が銀行員や弁護士、教師といった職業に就くと同時に自然消滅に近い形で解散するものの、リーダーのUlrichはその後、自分名義のソロ作品集を86年に一枚、そしてキーボードによる多重録音物で(女性Voと合唱隊をゲストに迎えた)アイヴォリー名義の2作目『Keen City』を90年代にリリースするが、それを最後に以後の活動等に関するコメントやニュースは一切聞かれなくなってしまう…。

案の定とでも言うのだろうか…Ulrich自身も高齢に加えて病床での生活が長くなり、結果的には2002年に鬼籍の人となってしまったのが実に惜しまれる、享年88歳。
だが、はっきりと言える事として、たとえUlrichの肉体は滅んだとしても、作品という形で気高い精神と崇高な魂だけは未来永劫残り続け、そして後年まで語り継がれていくに違いないだろう…私はそう信じたい。
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