夢幻の楽師達 -Chapter 26-
2020年の年明けから実に早いもので1月も終盤となりました…。
今月最終週の「夢幻の楽師達」は、今冬の寒暖の差が曖昧といった…そんな今ひとつスッキリとしない空模様と空気を拭い払うかの如く、一服の清涼剤を思わせる大草原の爽やかなそよ風と牧歌的なハーモニーと旋律に彩られた、ブリティッシュ・シンフォニックで唯一無比にして夢見心地なリリシズムを歌う申し子と言っても過言では無い“ソルスティス”の道程を、今再び辿ってみたいと思います。
SOLSTICE
(U.K 1980~)


Andy Glass:G,Vo
Mark Elton:Violin,Key,Vo
Mark Hawkins:B
Martin Wright:Ds,Per
Sandy Leigh:Vo
70年代の終焉から80年代の幕開けにかけて、イギリスのロックシーンはアメリカと同様御多分に漏れずヒットチャートを賑わす作品ばかりが主流を占め、パンク、ニューウェイヴを経て後にNWOBHMを合言葉にHM/HRが席巻する事となったのは言うに及ばずといったところであろう。
「産業ロック」…いつしかそんな代名詞が使われ始めた当時、そんなシーンの土壌という背景のほんの僅かな一片で、かつて栄華を極めたであろう…70年代プログレッシヴ黄金時代の名残と伝承を受け継ぐかの様に、夢と栄光よ再びとばかりに勃発した俗に言う“ポンプロック・ムーヴメント”は、多方面で物議と賛否を醸しながら幾数多もの出来不出来を問わずにジェネシス・クローンのオンパレードを輩出していったのだった。
代表格のマリリオン始めパラス、ペンドラゴン、トゥエルフス・ナイト、IQ、後々にキャスタナークやアベル・ガンズ、ギャラハッド、ジャディス、そして最近のシーヴス・キッチン、クレドといった系譜へと至る次第であるが、ポンプ勃発期当時のそのクオリティたるや、未熟で未完なレベルというレッテルを貼られながらも、メタルを主力セールスにしていた大手のレコード会社はあたかも暴挙とも言えそうな見切り発車ないし新人の青田刈りを思わせるメジャーデヴューで、あたかも伝統のブリティッシュ・プログレッシヴを地に落としていた、何とも失笑というか嘆かわしい汚点を残す事となったのは言うまでもあるまい(それでも、当時のIQやペンドラゴンなんかは割と健闘していた方だと思う)。
さて、そんな軽薄短小に満ち溢れた当時のメジャーな音楽シーンやら満身創痍なポンプロック・シーンを尻目に、安易な商業路線の思惑と商魂に決して染まる事無く、良くも悪くも“物真似レベルな寄り合い”の中で、一種異彩を放っていた独自の路線と作風を頑なに貫き通した彼等ソルスティスは、1980年にオックスフォードとケンブリッジとのほぼ中間の丘陵地に面した町ミルトン・ケインズにてリーダー兼ギタリストでもあるMark Eltonを筆頭に結成され、度重なるメンバーチェンジを経て数々のデモテープ作品を自主製作しつつ地道なライヴ活動が実を結び、1984年に『Silent Dance』で静かに且つ厳かにデヴューリリースを遂げた次第である。
美麗でカラフルな曼陀羅模様の意匠ながらも思想的なコンセプトに裏打ちされた、当時に於いても珍しい見開きLPジャケットに内側がマザーグースを思わせる画集さながらという、良い意味で往年のプログレ・ファンの心理を巧みに突いた、イエス+ルネッサンス×ブリティッシュ・フォークといったサウンドスタイルにヴァイオリンをフィーチャーしたオリジナリティ重視の唯一無比な音世界は、ポンプロックを敬遠毛嫌いしていた往年のプログレッシヴ・ファンからも温かく迎え入れられ、渾身のデヴュー作も今や名作・名盤の名に恥じない1枚として名声を高める事となる。
静かながらも衝撃とも言えるデヴュー作の余波は続き、いつしか早く次回作を…といった声も多方面で寄せられていたのも紛れも無い事実であった。
だがファンの期待を他所に、引き潮という代名詞の如く彼等はデヴューから暫く10年近くもの沈黙を守り続ける事となるが、彼等の音に魅せられた私を含めた多くのファンの誰しもが“解散”という二文字を思い浮かべた事であろう。
しかし…それは杞憂にしか過ぎなかったという言葉通り、ファンの心配と不安を打ち消すかの様に1992年漸くソルスティスは活動を再開し、一年間の録音期間を経てカナダのプログレッシヴ・インターナショナルなるマイナーレーベルからリリースされた93年の第2作目『New Life』は、前作からの期待に違わぬクオリティーを保持したまま良心的で且つ目くるめく素晴らしい世界観を鮮やかに奏で、彼等は90年代でもまた再び返り咲いたのである。

2作目のメンバーは主要格のMark EltonとヴァイオリニストのAndy Glassを除き、リズム隊とヴォーカルが交代し、ベースにGraig Sunderland、ドラムにPete Hensley、そして女性VoがHeidi Kempとなっており、何と言ってもこの作品から後々ライヴでの定番ともいうべき“Morning Light”と“New Life”という二つの名曲が生まれた事を忘れてはならないだろう。
バンドはその後4年の充電期間を経て、1997年に第3作目の『Circles』をリリース。
AndyとMark、Graigを除きバンドはまたしてもメンバーチェンジを経て、現在に至るソルスティスの歌姫を務める事となる3代目ヴォーカリストのEmma Brown、そしてドラマーにはジェスロ・タルやスティーヴ・ヒレッジ・バンドにも参加していた大ベテランのClive Bunkerを迎え、結成当初含めデヴュー以降長年培われた初志貫徹ともいうべき純粋無垢な気高い精神と吟遊詩人にも相通ずる詩情と歌心が一切損なわれる事無く、デヴュー作そして前作以上に東洋思想と哲学・瞑想を内包した音世界が発露昇華した決定版ともいえる内容に仕上がっている。

バンドはこのままの布陣で上昇気流に乗って来たる21世紀まで辿り着くのかと思いきや、またしても10年以上に亘る長き沈黙期間に入り、今度ばかりは誰しもが“解散”という二文字を信じて疑わざるを得なかった。
そしていつしか彼等ソルスティスの名前は、半ば伝説に近い存在として忘却の彼方へと消え去りかかっていたのもまた然りであった。
その間にも、彼等がリリースしてきた全作品が(デヴュー作を除いて)デザインを一新し、更には未発音源やデモ音源、果てはBBC音源にライヴを収めたDVDを加えた2枚組というヴォリュームに改訂され、ソルスティスの存在がますます伝説と化すのが風前の灯火といった感だった…。
しかし彼等はファンを裏切ったり見捨てたりする事無く『Circles』から13年後の2010年、遂に彼等は長い沈黙を破り待ちに待った全世界のファン待望の新作『Spirit』を携えて、再び21世紀のプログレッシヴ・ムーヴメントに帰ってきたのである。

本作品では長年苦楽を共にしてきたヴァイオリニストのMarkが抜け、唯一のオリジナルメンバーとなったAndyを筆頭に、3代目歌姫のEmma、そして新たに女性ヴァイオリニストのJenny Newman、Pete Hemsley(Ds)、Steve McDaniel(Key)、Robin Phillips(B)を加えた6人の新布陣で臨んだ通算4作目にして21世紀最初の彼等の音世界は、Markという主要メンバーが去った事に決して臆する事無く、デヴュー以来常に前向きに取り組んできた“ソルスティスの音”たるこだわりと真摯なひたむきさ・情熱が結実した、ブリティッシュ・プログレッシヴというアイデンティティーとケルトへの回帰をも垣間見せる、彼等の全作品中最高潮に達したスキルの高い内容を誇っている。
3年後の2013年には現時点での新作に当たる通算5枚目の『Prophecy』をリリースするものの、その何ともマーベルないしDCを連想させる様なアメコミチックな意匠にファンは驚きというか閉口したのは言うに及ぶまい(苦笑)。
アートワークこそやや商魂見え々々な趣と思惑は否めないが、作品内容そのものは従来通りのソルスティス・サウンドが存分に堪能出来るのがせめてもの救いであろう…。
嬉しい事に本作品では3曲ものボーナストラックとしてデヴューアルバムに収録されていた名曲“Earthsong”始め“Return of Spring”、“Find Yourself”が再録されており、彼等の音に初めて触れるであろうリスナー諸氏にとっても格好の良い入門編として聴けるのが喜ばしい限りである。


結成から今年で早40年…彼等の歩みは今日に至るまで決して平坦な道程では無かった筈。
考え、悩み、迷い、時に苦しみ時に傷つきながらも、現実と自らの世界観・理想との狭間で自問自答を何度も繰り返してきたに違いあるまい。
故に、こんな混沌とした先の見えない不安だらけの21世紀の現在(いま)だからこそ、彼等の音楽が根強く支持され心の理想郷と安息のひと時を求める人達の為に在り続けるのであろう。
デヴュー作以来一貫してジャケットが「輪廻転生」を意図した意匠というのも、地球愛にも通ずる人類の魂…そして彼等の音も未来永劫生き続ける願いそのものなのかもしれない。
かく言う私自身、人生を全うするまでソルスティスの音楽にこれからも末永く付き合っていけたらと思う。
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