一生逸品 POLLEN
今月最初の「一生逸品」は、昨今の暖冬でも厳寒でもない…そんな曖昧模糊とした如月の空模様を爽快に払拭する様な魔法の音楽そのものと言っても過言では無い、あたかも万華鏡を覗き見る様な唯一無比の眩惑に彩られた“極彩色の音宇宙”を創作し、今なお名作と称えられ高い評価を得ている…まさしくカナダのイエスという称号に相応しい“ポーレン”に、今再び栄光のスポットライトを当ててみたいと思います。
POLLEN/Pollen(1976)
1.Vieux Corps De Vie D'ange
2.L'eteile
3.L'indien
4.Tout L'temps
5.Vivre La Mort
6.La Femme Ailee


Jacques Tom Rivest:Vo,B,Ac-G,Key
Richard Lemoyne:El & Ac-G,Key,B
Claude Lemay:Key,Flute,Vibraphone
Sylvain Coutu:Ds,Per,Vibraphone
同国のモールス・コードと共に“カナダのイエス”という誉れ高き称号を得ているポーレンは、1976年にバンド名と同タイトルでもある唯一の作品を遺している。
先にも述べたが北米大陸のヨーロッパというイマージュと大自然の雰囲気とパノラマを湛えたカナダというお国柄、アメリカンな文化とは一線を画したプログレッシヴなムーヴメントが確立されても何も不思議ではあるまい。
全世界的にビッグネームとなった英語圏トロント出身のカナディアン・プログレハードの雄でもあるラッシュやサーガは例外ながらも、フランス移民が大半を占めるフランス語圏ケベック出身のモールス・コード、オパス5、エト・セトラ、マネージュ、アルモニウム、そして今回の主役ポーレンは、決してアメリカで売れたい云々とかセールス、ヒットチャートを意識する事無く、良くも悪くもアメリカの音楽産業を見限った独自の流通と作品発表の場を70年代後期に擁立しつつ、自国のプログレ・ムーヴメントの礎たるものを築き上げたと言っても異論はあるまい。
話の前置きが小難しくなったが、そんな時代背景の中でポーレンというバンドは自らの足跡を残すために精力的に演奏活動と録音をこなしていた、良い意味で至福の時間を過ごした事であろう。
アナログLP原盤では詳細なバイオグラフィー等は一切不明であったが、CDという御時世はインナーに歌詞のみならずバンド結成の経緯やら活動の歩みといった詳細までもが綴られているのだから何とも実に有難い事だ…。
ただいかんせんフランス語による文章だから、少々読み難く判別しづらいのが難点であるが故、どうかそこは御了承願いたい。
バンドの歩みを簡単に触れておくと…1972年、2人の若者Jacques Tom RivestとRichard Lemoyneによって、ポーレンの前身とも言うべきバンドが結成され、翌73年になると地元の有名ミュージシャンやアルモニウム関連の人脈らとライヴで共演するようになり、その人伝でキーボード奏者のClaude Lemayが加わり、2年後の1975年にはバンド間の知人を介してドラマーのSylvain Coutuを迎え、バンド名も正式にポーレンとなった次第である。
ちなみにポーレンとはフランス語で“花粉”を意味し、彼等のジャケットアートを踏まえた音楽的ヴィジュアルな面でも幻想・夢想感を与えて良い相乗効果を生み出しているのも特筆すべきであろう。
なお…フランス語の正式な読み方では“ポラン”なのであるが、長年プログレ愛好者からはもうポーレンという名で通っているが故、そこはどうか寛大にお許し願いたい(苦笑)。
先にも触れた様に、彼等の創作する音楽とジャケットアートワークとの相乗効果によって何度も言及してきた事なのだが、作品を何度も耳にする度に万華鏡(カレイドスコープ)を覗き込んだかの如き変幻自在なイマージュとトリップ感覚にも似た浮遊感を感じてならない…それこそまさしく“不思議の国の音楽”そのものと言えよう。

イエスやジェントル・ジャイアントに多大な影響を受けながらも、メロトロンやソリーナ系は一切使用しておらず、ハモンドとモーグ、アープ系のシンセ、エレピ、クラヴィネット等による楽曲の綴れ織りと、同郷のアルモニウムに触発されたかの様なアコギによるアンサンブルとの融合による変幻自在で目まぐるしい楽曲の中にも、カナディアン特有の自然の美を湛えたかの様な哀愁と抒情感をも兼ね備えた両面性を有する、マーキー・ベルアンティークが謳ったキャッチコピー“極彩色の宇宙”さながらの音世界を繰り広げている。
重厚なシンセによるイントロに導かれたオープニングから押しと引きが絶妙なバランスで交互に奏でられ、続く2曲目はカナダの深遠な森の調べを彷彿とさせるリリシズム溢れるフルートとアコギのアンサンブルが美しい。3曲目もアコギによるバラード調のトラディッショナルなナンバーだが、雪原に降りしきる粉雪の様な繊細で儚い寂寥感漂うムーディーな陶酔感が印象的である。
4曲目以降からは打って変わって幾重にも織り重ねられ畳み掛ける様なキーボード群の活躍が著しいナンバーが続き、エレピ系のハープシコードをフィーチャリングしたGGさながらの軽快な楽曲に、5曲目ともなるとミスティックなオルガンが高らかに鳴り響くイエス風のシンフォニックと多岐に亘るのが実に小気味良くて嬉しい。
ラストの10分超の大曲は、もうポーレン・サウンドの集大成といっても差し支えない位、アコースティック調から徐々に雄大なシンフォニックへと雪崩れ込んでいく様は、静から動へと楽曲とテンションがせめぎ合い大団円へと帰結していく、音宇宙の終着点さながらと言えよう。
これだけ高水準な作品を創り上げながらも何故バンドが消滅したのかは今となってはもう知る術が無いが、良い意味で解釈すれば、ポーレンというバンド活動を区切りに、お互いそれぞれ来るべき別の道を歩もう…と、ひょっとしたらメンバー間で暗黙の了解が交わされていたのかもしれない。
まあ、あくまで推測に過ぎないが…。
仲違いや喧嘩別れによるバンド解散なら、後にリーダーのJacques Tom Rivestの78年のソロ作品にメンバー全員が参加する事は無かっただろうから、バンド活動に於いては割と円満な人間関係だった筈に違いない。
まあ、それこそ下世話な話で申し訳ないが…。
Jacques Tom Rivestはその後1980年にもう一枚の素晴らしいソロ作品をリリースした後、現在は自身のオフィスを設立しケベック州の多数のアーティストの楽曲を提供したり、自身もスタジオ・ワークに参加して多忙を極めている様だ。
Richard Lemoyneも長年の盟友となったJacques Tom Rivestに協力し、後進の育成に携わりながらも楽曲の提供やスタジオ・ワーク並びギグにも参加している。
Claude Lemayは、現在地元テレビ局にて音楽製作や、舞台音楽の監督として手腕を発揮しており、あのセリーヌ・ディオンとも一緒に仕事をしたそうな。
Sylvain Coutuもテレビ局関係の音響の仕事に就いており、自身でも会社を運営しているとの事。

彼等の短命な音楽活動そして歩みにおいて、時代の運に見放されたとかプロダクション云々に恵まれなかったなんて言葉は愚問に過ぎないであろう。
勿論この手のバンド活動にありがちな…よく言われる話、若い時分の青春の一頁的なノリだとか記念に作りましたなんて事も微塵に感じられないし、それこそ一笑に付されるであろう。
ポーレンというバンドの軌跡は、彼等の真摯な姿勢と精神、揺るぎ無い創作意欲と絶対的で確固たる自信の賜物と言っても過言ではあるまい。
“自分たちの歩んだ道と音楽に触れて、何かを感じ取ってくれたら…”それは彼等の音楽を愛する者と、彼等の足跡に続くであろう後進のプログレッシヴ系アーティスト達への静かなるメッセージなのかもしれない。
どうか今宵は改めてポーレンが遺してくれた音楽に心から乾杯しようではないか。
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